庄司昌彦(国際大学GLOCOM 研究員)
1.政策イシューの表出
どうすれば私たちは、問題と感じたことを政策イシューにし、政策化することができるのだろうか。政策イシューとは、いつ、誰に、どのようにして社会や市場から取り出され、選択されて政策過程に入るのだろうか。
このような、問題を表出化し政策形成を行う場やその過程について、司法制度改革審議会の会長を務めた佐藤幸治氏が興味深い指摘をしている。それは、民主国家では、社会を変える道具としての「政策≒法」を論じ作り出す場として、「政治のフォーラム(立法)」と同様に「法原理のフォーラム(司法)」が重要だ、というものである。司法における政策形成という議論は、それほどポピュラーではない。そこで本稿では、これについて述べてみたい。
2.政策形成訴訟
司法、すなわち裁判は政策形成とどう関わるのだろうか。裁判所の本来の役割は、個別的な紛争の解決である。具体的な事実を認定し、既存の法を解釈・適用することによって公正な結論を導く。このように、個別具体的な場面における妥当な判断を数多く積み重ねることで、社会にとって合意しうる制度のあり方(正義)を浮き上がらせる役割を司法は担っている。
しかし、「個別具体的な正義」を実現する場である裁判所が、紛争を公正に解決する必要から、個別の事例を超えて政治や行政の分野に踏み込んだ判断をすることがある。その結果、裁判所の判断が政策形成に一定の役割を果たす。言い換えると、一つの判決が社会の問題を表出させ、政策イシューとしての取り込みを政策形成過程に働きかけることがある、と捉えられるようになってきた。このような類型を「政策形成訴訟」という。
このような訴訟について、具体例を挙げてみよう。米国ではEarl Warren が首席裁判官として米国社会や政治が抱える構造的問題に取り組んだ1953 年〜69 年の連邦最高裁(ウォーレン・コート)の活動が有名である。「ブラウン対教育委員会」事件(1954・55 年)では、公立学校における白人と黒人の人種分離政策を全員一致で違憲とした。この判決を契機として、その後のアメリカ社会における人種問題解消への取組みに弾みがついた。
日本では、裁判所が国や企業に対策の実施と被害者の救済を命じた公害訴訟が典型的である。四日市ぜんそく訴訟(1972 年7 月)では、公害病患者の救済を図る公害健康被害保障法を生んだ。尼崎公害訴訟(2000 年1 月)や名古屋南部公害訴訟(2000 年11 月)では、国に自動車排ガスの差止めを命ずる判決が出た。これらの判決が、車優先の社会を見直すきっかけとなり、東京都の「ディーゼル車NO 作戦」やロードプライシング計画など、自動車排ガス対策の進展を促している。
この他に、多くの消費者保護制度を生んだ消費者訴訟、あるいは情報公開訴訟など国・地方自治体の責任を問う訴訟も、個人の救済を求めるだけではなく、新しい権利を主張して政策にインパクトを与えたり、政策の欠陥を指摘して当否を論じたりする意味で、政策形成訴訟である。
3.政策形成訴訟の意義と裁判官
裁判所が政治や行政の問題に踏み込むことには、政治や行政に十分な影響力をもてない少数者の利害をくみ上げ、社会にとって妥当な範囲で実現する、という意義がある。
例えば、排ガス公害の場合、被害者は道路沿線のごく少数の住民である。経済的な影響力も社会的影響力も小さく、子供たちや将来世代は発言権すら持たない。それに対して、加害者は自動車を利用する不特定多数の人々や、自動車製造業や自動車を用いたサービス業に従事している人である。間接的にはさらに多くの人々や企業が自動車の便益を受けていて、自動車の生産や使用の経済的社会的影響力はきわめて大きい。また製造業者などは省庁や議員とのパイプを持ち、立法に対して「大きな声」を有している。
このような事情から、多数決や最大多数原理を採用し、利益集団の調整など法外要素も多い政治行政の世界では、被害者救済の動きは鈍りがちである。そのため司法は、補完的に政治行政へのチェック機能を果たしているのだ。
従来型の訴訟(紛争志向型訴訟)と対比しながら政策形成訴訟(政策志向型訴訟(*1))の特徴を述べている平井宜雄によると、従来型の訴訟は、訴訟当事者(原告と被告)だけで権利義務の存否を争うが、政策形成訴訟は、当事者に代表される複数の人々の間の利害関係を争う。また従来型の訴訟は当事者の主張や立証を基に過去の事実を認定し、法律を適用して権利義務を判断する。このとき裁判官は受動的な判定者である。だが政策形成訴訟では、将来も含めた潜在的な当事者の利害や「望ましい」制度のあり方を念頭に判断をすることになる。裁判官は従来よりも能動的な政策の創発者である。
少数者の声を聞き、政策的観点から「望ましい」権利義務の配分を判断し、既存の制度や通説に異を唱えるためには、裁判官には深い思考力と決断力が必要である。そのような裁判官は、現行の「純粋培養」による養成ではなく、「法曹一元」によって生まれてくるだろう。司法制度改革の意義はここにあると考えられる。
4.政策形成訴訟と敗訴
社会に問題を提起し、政策の変更や制度の改革を迫る政策形成訴訟は、統計的に敗訴する確率が高い。それにも拘わらず当事者はあえて訴訟に踏み切り、場合によっては市民団体や弁護士のボランティアに支えられながら訴訟を維持する。そして多数の敗訴判決を重ねた結果、ようやく勝訴し、政策の変更(新しい法解釈など)を勝ち取る例が多い。敗訴をある程度は覚悟した上で政策や世論の形成を目指すため、裁判が長期にわたり非常にコストがかかるのが通常である。
ところで現在、司法制度改革において、弁護士報酬の敗訴者負担制度が提案されている。この制度は、勝訴の見込みがある場合には訴訟提起を促進するが、敗訴の可能性が高い政策形成訴訟にとっては、訴訟の提起や継続を萎縮させる可能性が高く、逆風となり得る改革である。労働訴訟、少額訴訟を敗訴者負担の例外とする議論もあるが、例外とするための要件を定めることや実際の判定を行うことはきわめて困難であり、現実的ではない。
5.まとめとして
政策形成訴訟は、政策イシューを表出化させ、新たな政策形成を提起する機能を果たしている。しかし筆者の知る限り、これまでの法律学や政治学、政策学では、このような角度からの分析はほとんど重視してこなかった。まずは政策研究の新たなアプローチとして議論が深まることを期待したい。
また弁護士報酬の敗訴者負担については、政治や行政に十分な影響力をもてない少数者の利害をくみ上げ、社会にとって妥当な範囲で実現する、という政策形成訴訟の意義を重視し、過度の萎縮が起きないような配慮が必要である。このような配慮は、長い目で見れば、法律サービスへの信頼を高め利用を拡充するという司法制度改革の目的にもかなうのではないだろうか。
(* 1) 平井は「紛争志向型訴訟」「政策志向型訴訟」という表
現をしている。「政策志向型訴訟」は本稿の「政策形成訴
訟」と同じものである。
参考文献:
日本経済新聞「中外時評」2000 年12 月10 日
平井宜雄『法政策学第二版』有斐閣1995
