田村次朗(慶應義塾大学法学部教授)
小泉政権における「構造改革」政策について、例えば不良債権処理、郵政民営化そして道路公団問題は、盛んに報道され、世間の関心も高く、また賛否両論、多くの議論を巻き起こしている。しかし、実は、あまり報道されないものの小泉政権下において着実に改革の成果を上げている政策がある。それは、公正取引委員会の機能強化である。しかし、この公取委の機能強化、世間の注目度が今ひとつで、その政策の重要性があまり理解されていないのが現状のようである。そこで以下、この公取委の機能強化という、一見地味なようで実は重要な政策について紹介したい。
この改革の発端となったのは、2001年5月7日の小泉内閣総理大臣所信表明演説に「市場の番人たる公正取引委員会の体制を強化し、21世紀にふさわしい競争政策を確立」というフレーズが挿入されたことに始まる。政策通の方には、首相の所信表明演説で言及されたほんの数行が、政策推進の大きなお墨付きとなることはよく知られた事実であろう。そして事実、このフレーズは、「公取委機能強化」という政策目標を生み、その数ヶ月後、公取委は、「21世紀にふさわしい競争政策を考える懇談会」(会長:宮澤健一一橋大学名誉教授)を立ち上げ提言をとりまとめることになる。ここで重要となるのは、総理の発した「公取委の機能強化」という一言によって、全省庁においてこの機能強化がひとつの政策課題化し「実現すべきもの」として理解されたことにある。この結果、最大の懸案であり、最も困難と思われた改革案であった公取委の総務省から内閣府への移管が2003年、実現した。このような中央省庁の再編が、提案から2 年以内に実施されるというのは異例である。また、同時に、独占禁止法違反行為に対する罰金の上限が5億円に引き上げられた。さらに現在は、課徴金引き上げ、事業者がカルテルなどを自主的に放棄した場合の制裁減免制度(通称リニエンシー制度)導入、そして独禁法の機動的運用にむけた独禁法それ自体の見直しなどが公取委を中心に検討されており、その体制は急速に整備されている。
このように、公取委の機能強化という政策目標は、少なくとも小泉政権の他の政策に比べ、着実な成果を上げ、内閣改造後もこの点に変化はないようである。ところで、もし仮に、この市場経済システムに内在する弊害である独占・寡占を効果的に規制する公取委の機能強化がおざなりになれば、事後規制型社会の実現や規制改革における「民」の重視を提唱する構造改革は、単なるルールなき弱肉強食、自由放任社会への逆行をもたらすだけに終わってしまう。従って、小泉政権の構造改革を正確に判断する上でも、競争政策という視点からのスクリーニングは重要となろう。この公取委の機能強化論、是非、今後注目して頂きたい。
*慶應義塾大学法学部法律学科卒業、フルブライト留学生としてハーバード・ロー・スクール留学(LL.M)、慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了。アメリカ企業公共政策研究所(AEI)、ブルッキングス研究所研究員、ジョージタウン大学客員教授、慶應義塾大学法学部、専任講師、助教授、同大学総合政策学部教授を経て、1997年より現職。経済法研究者新人賞である横田賞受賞。政府委員として産業構造審議会、国民生活審議会、e-Japanプロジェクトおよび経済産業省、公取委等の研究会委員をつとめる。現在、慶應義塾大学法学部教授、弁護士(ホワイト&ケース神田橋法律事務所)。
研究分野:経済法、国際経済法、交渉学、法と経済学。
