宇佐美正行(参議院外交防衛委員会調査室次席調査員)
日本のアジア外交には、東南アジア外交はあっても北東アジア外交はないと批判されてきた。しかし、昨年の電撃的な小泉総理の訪朝と「日朝平壌宣言」に始まり、本年8月末の北京での六者会合へと、最近の日本外交の関心はもっぱら北朝鮮問題をめぐる北東アジアに注がれている。
北東アジア外交がすっかり欠落していたことを考えれば、日本のアジア外交はむしろ正常な状態に戻った(戻らされた)とも言える。
しかしこの数年、日本のお家芸であった東南アジア外交はすっかり停滞気味である。日本のアジア外交は急速にその存在感を失いつつある。
代わって、中国が自由貿易協定(FTA)などの通商分野だけでなく、テロ、麻薬等の新しい安全保障分野で地域協力を進め、東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係緊密化に動き、主役の座を奪わんとする勢いである。
日本のアジア外交の枠組みは、1977年の「福田ドクトリン」によって作られた。賠償問題を中心とした「戦後処理外交」から自主外交へと転換を見せたターニング・ポイントであった。
その後のアジア政策は「福田ドクトリン」を踏襲し、日本が軍事大国にならないことを東南アジア諸国に訴えつつ、経済協力・人的交流を基盤とした信頼関係を構築することに重点が置かれた。
日本の東南アジア外交の最大の推進力はODAであった。累計で見た円借款供与額の上位10カ国には、1位のインドネシア(約3兆5,000億円)を始めタイ、フィリピン、マレーシアなどのASEAN諸国が名を連ねる。
「福田ドクトリン」の意義は今後も失われることはない。ただ、最近の日本の東南アジア外交は、何かスッポリと大きな軸を失ったようにも見える。
昨年1月の小泉総理の東南アジア歴訪では、「日・ASEAN包括的経済連携構想」が提唱されたが、実現に向けた強い動きは感じられない。その背景には、日本の農業市場開放の難しさが指摘されるが、それだけではあるまい。
原因にはASEANの急激な変化がある。いまや社会主義国であるベトナムやラオス、ミャンマーなどのインドシナ諸国もASEAN加盟国となり、ベトナム戦争後のASEAN・インドシナの和解支援という日本の役割は実質上意味を失った。こうした変化の中で、日本の東南アジア外交は個々の政策を束ねる軸を失ってしまった。
それでは次の軸は何か。それは、「公正なアジア共同市場」を築くための地域公共財を、日本が提供することに尽きるのではないだろうか。この観点から過去のODAを始めとする東南アジア外交を総括、再評価しなければならない。
ODAによる東南アジアの港湾や道路などのインフラ整備は、円滑な貿易を確保し、各国の国内流通を整えるための重要な地域公共財である。
今後はハード面に加えて、知的財産権の保護や貿易・投資ルールの標準化などソフト面のインフラを整備する必要がある。
アジア市場が国際市場においても信頼と安心を得られる公正な市場へと成長すること、そのための地域公共財を整備することは、ASEAN諸国の利益となる。そして、それができるのは日本だけだ。
外務省は今年を「日本ASEAN交流年」とし、年末には日・ASEAN特別首脳会議が東京で開催される。そこで何が生まれのかを注視したい。
(masayuki_usami@sangiin-sk.go.jp)
*1958年生。早稲田大学卒。1982年参議院事務局入局。現在、外交防衛委員会調査室次席調査員
