ソーシャルアントレプレナーと政策
2003年12月10日 00:00 : Comments (0) : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

井上英之(ETIC.ソーシャルベンチャーセンター)


■はじめに
 よく聞かれるのだが、「ソーシャルアントレプレナー(社会起業家)にとって行政がこういうことしてくれたら、嬉しいってありますか?」
 たいてい、言葉に詰まってしまう。えっと、そりゃあ、Wish List としてはもちろんお金も欲しいし、ぼくも物欲は旺盛な方だから、欲しいものはいっぱいある。あと、制度にもいろいろケチつけたいし・・・
 でも、おおまかに言うとじゃましないで欲しい!かな、とか思いながら、やっぱりまじめに考えると、やはりそれ以前にまずはひとりの個人として、あなたに何かを始めて欲しいです、ということになってしまう。少し生意気だが、行政のひとなら、自分の窓口やお客さんのため、個人としてこれはやりたい!と思うことをやってほしい。会社のひとでも、個人としての価値観から、輝く仕事や最高の職場を作ってほしい。

 私は現在、渋谷にあるETIC.(エティック)というNPOで、ソーシャルアントレプレナー(社会起業家)としての志ある若者を対象に、社会的な課題や個々が見つけた問題を、事業を通じ解決しようとする起業やプロジェクトの支援を行っている。2002年からは、「スタイル」というタイトルで日本では初めてのソーシャルベンチャー向けビジネスプランコンテストを開催、今年で二年目を迎えてこれまで好評を頂いている。

■「スタイル2003」
 今年の「スタイル2003」では、全国から92件のプランが集まった。最終プレゼンでは7件のプランが残り、それぞれの体験をきっかけとした挑戦の事業プランを発表、当日の会場は強い共感を呼び、不思議な感動に包まれた。(プランといっても、多くの挑戦者は何らかの形ですでに実践を始めている、というのも力強く見えた要因だろう)

 彼らの取り上げるテーマは様々だ。これまでのものを幾つかあげると、エクアドルでの原体験に基づくフェアトレード、全国で大量に廃棄される中古自転車のペンキ塗りによる再生と塗装体験を通じた教育事業、大学生が使っている教科書の再販事業。他にも、メディア教育、地域振興、病児保育、アニマルセラピー、森林管理、ユニークなものでは、世界の歴史教科書の翻訳および展覧会など、多岐にわたる。
 当然ながら、彼らはまだ挑戦を始めたばかりで、政策うんぬんと言うと、少しおこがましいかもしれない。ただ、このコンテストで起きていることを見ると、世の中が変わり始めていると感じる。
 それは、これまでどこか遠くで決定され、省庁や利権を持った人たちの調整の後実行されていた、自分たちの住む地域や社会を向上させていくという行為が、ここにきて、事業という形を通じて自らの手に取り戻そうとする意志であり行動が、確かにそこにはっきりと見えるからだ。

 実はこうした社会起業的なアクションは、若者に留まらず、とくにシニア層や中堅層にも散見できるが、志ある個人から始まる挑戦には心打たれることが多い。
 このコンテストは「ブラッシュアップ・コンペ」である。一次審査、二次審査というプロセスを経て、若い起業家の卵たちは、さまざまな分野の「メンター」と呼ばれる専門家たちに出会い、彼らプロフェッショナルたちの共感や協力を引き出しながら、より現実的な力をつけていく。
 メンターたちのバックグラウンドは様々で、現役の起業家(経営者)、地域振興など特定分野のプロ、他に経営コンサルタント、ベンチャーキャピタリスト、商社マン、など幅広い。彼らは、若い挑戦者たちの原体験や強い志、当事者意識を持った話に耳を傾け、気付くとそのプランや若者たちに夢中になる。時間単価の高いはずの人たちが、プランのブラッシュアップに喜んで手を貸している。学んでいる、ありがとう、とまで言ってくれる。こんな彼らの業界知識や、マーケティング、会計や経営戦略のスキル、それ以上に応援団としての「はげまし」が、行動を始めたばかりの若者にどんなに力になっていることか。

 最終プレゼンテーションでも、ジャッジとして参画した実績のある起業家や実業家、もしくは一般の参加者が個人として共感しコンテストが終わった今も、応援団としてアドバイスを続け、ときにはネットワークや事業のチャンスを運んでくれている。

■「社会起業」から見える政策
 ここで起きていることは、通常の政策が出来上がっていくプロセスと全く逆だ。全ては個々人の問題発見から始まり、共感のネットワークを通じて徐々に認知を広げていく。

 「社会起業」の窓から見える社会の課題は、個別に具体的で深くつながっており、これまでのマクロで見る“社会問題”よりも実はずっと普遍的だ。環境分野における、個人の気づきから来る問題提起や行動が、障害者福祉の現場からの提案と、本質的に全く同じ公共経営の問題点を指摘する。制度や現状の価値観の変更を迫る。そして何より、現場を通じて、切迫した問題解決を目指している。ここでの個別の問題解決が、より多くの社会にとってのイノベーションの可能性さえ秘めている。

 だから、一般論を話しているより、より多くの個人が共感し関わるのだ。ひとりの住民として、自然を愛する個人として、人の親や兄弟として、志と現場のある個人としての訴えは、明らかに力があり伝わってくる。まずは、誰かの呼びかけに載ってみるのもいい。職場でも、もしくは週末の時間を使ってでもいい。腹を据えた個人を起点に、様々なプロのスキルやネットワーク、もしくはささやかであっても大切な誰かの励まし、投票としての出資や購買活動が、確実に世の中を変えていく。こういうマーケットプレース(市場)ができるといい。
 身近な第一歩から自らがリアルに足を踏み入れることが、社会が変わっていく第一歩になると信じる。これからの政策は、こうした現場からも生まれるのではないだろうか?

■おわりに
 これまで、「社会問題」とはマスメディアなどを通じた上からの情報を受けての認知であり、政治家や官僚が取り上げたイシューがマクロな社会としての「問題」であった。それが、ふだん自分がコミュニティを生きる感覚と違和感があったとしても、“決定したこと”としてその政策は実行されてきた。
 海外に目を向けると、個々の住民の原発反対運動からドイツの「緑の党」が立ち上がり国政に参画している。もしくはかつて、主婦だったアニータ・ロディックが家庭の台所で始めた「ボディショップ」は、詰め替えの化粧品や環境、女性の生き方にまつわるメッセージを事業を通じ世界に広めている。日本でも、足利の「ココファーム」が、政府に頼らず始めた知的障害の施設で取り組んだぶどう園からワイン事業を始めその品質の高さからファンをつくり、今やしっかりと地域や社会に根ざしコミュニティを作っている。これらはすべて腹を据えた個人の起業家精神あふれるアクションから始まっている。

 冒頭の問いかけに戻れば、もちろん、政府にして欲しいことはたくさんある。特に、制度まわりの社会分野では、どうしても重要になる。また、個々人が独立して自由に仕掛けていくには、フリーエージェントとしても動きやすい諸制度(保険や社会保障、図書館のビジネス利用など)は必要だ。重要な役割はたくさんある。それでも挑戦者にとってどうしても欲しいのは、ミッションを適えていくための実力や、個々人からなる共感のネットワークでもある。制度としての補助でなく、力をつける機会であり、保護されるよりもまともに試行錯誤をするチャンスや舞台である。
 話が広がってしまったが、個々の役所の方や政策関係者に望むのであれば、やはりまずは、地域や社会に生きる生の個人としてどれだけリアルに共感するのか。組織としての対応以前に、リアルに地域や社会に生きる個人としてのコンパッションから、新しい動きは始まるのだと感じている。
(inoue@etic.or.jp)

*慶応大学経済学部卒、米国ジョージワシントン大学修士(国際関係、公共経営)。ワシントンDC市政府、アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループを経て、01年よりETIC.に参画。若手社会起業家の発掘、育成に取り組む。