阪上亮太(エコノミスト)
一般紙やテレビニュースの経済報道は、普段専門紙誌に目を通すことのない多くの人々にとって「経済」に触れられる数少ない情報源であろう。専門家であるエコノミストにも、その「腑に落ちる説明」は大変示唆に富んでいる。しかし、ことマクロ統計に関する報道の中には、専門家の目からはミスリーディングと映るものも少なくない。
「中国経済の高成長を背景に、ビジネスチャンスが広がっている。実際、日本の中国向け輸出が急速に増加している。」といった報道を目にしたことはないだろうか。一見もっともらしいが、これはミスリーディングである。中国経済の高成長、ビジネスチャンス拡大、中国向け輸出増加といった命題の一々は正しい。しかし、高成長に伴って中国の購買力が高まっているから日本の輸出が増加しているのではない。対中輸出増加のほとんどは、部品や機械設備の輸出増加によるものだからである。マクロ統計による限り、輸出増加の背景にあるのは、組立工場としての中国の地位向上であって、販路としての中国経済の成長ではない。
「デジタル家電の売上げが伸びている。これは個人消費が比較的安定している背景となっている。」というのもよく見られるミスリーディングである。デジタル家電は確かに売れているが、その家計消費に占めるシェアは数%に過ぎない。しかも、デジタルカメラが売れればアナログカメラが売れなくなり、DVDが売れればVHSが売れなくなるという相殺関係もある。デジタル家電が個人消費を牽引しているという事実は存在しない。
具体例をもう一つ。先日発表されたGDP速報によると、2003年10-12月期の実質GDP成長率は年率7%の記録的な高成長であった。あるニュース番組は、GDPについて報じたのに続いて、「景気回復の実感がない」という「街の声」を幾つか紹介し、「国民の実感を映し出していない統計上の数字に意味はあるのか?」とのコメンテーターの疑義でコーナーを締め括っていた。しかし、マクロ的に見た「街の声」である、『日銀短観』や『景気ウォッチャー調査』に拠れば、「景気の実感」は着実に改善している。VTRの「街の声」は偏ったサンプルの寄せ集めに過ぎない。
以上のミスリーディングに共通しているのは、ミクロの事象を根拠にしてマクロについて語っている点である。勿論、マスメディアがミクロ事象を重視すること自体は、決して悪いことではない。例えば、高度成長の影で公害に苦しむ人々の存在を明らかにする報道のように、「小さなもの」を捨象してしまいがちなマクロへのカウンターとしてミクロ事象を提示することは、マスメディアの本義であろう。マクロの部分肯定/否定や例示として用いる場合には、ミクロ事象は極めて効果的である。しかし、ミクロでマクロの全てを語ることは出来ない。
GDPの例を政治報道に置き換えると、「今の内閣を良いとは思わない」という幾つかの「街の声」を受けて、「選挙では与党が勝利したが、実感を反映していない結果に意味はあるのか?」と報じていることになる。他の分野では考え難いようなミスリーディングが罷り通っているのが、日本の経済報道の現状である。
*1977年生。東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。専門は米国金融制度史。現在は民間シンクタンクで日本経済の短期マクロ分析・予測に従事
