インドの国家公務員制度 IASに学ぶ行政改革
2004年03月10日 00:00 : Comments (0) : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

高木誠司(経済産業省)

日本において、今後の国家公務員制度をどのようなものとしていくかについては、様々な観点から議論が行われている。自分自身国家公務員であり、個人的にはいろいろな意見・感想もあるが、それはさておき、私が3年半赴任していたインドにおいては、日本と相当違った国家公務員制度が存在しており興味深かったので、簡単にご紹介したいと思う。インド国内では、IAS(インド行政官)と呼ばれる、極めて昇進の速い国家公務員のカテゴリーがある。IASは、一時期は100名を超えた人数を採用していたようだが、最近は60名程度の採用であり、その人数の少なさから言えば、今の日本の公務員というよりは、戦前の高等文官試験に近いのかもしれない。この制度の概要を以下ご説明したいと思う。

現在日本では、国家公務員に関し、実質的な採用の最終判断は各省庁が行い、入省後の人事も、採用を決めた所属省庁の人事部門が基本的には差配することとなる。もちろん、高いレベルのポストになれば、政治レベルの判断が重視されるが、基本的には所属省庁内での異動が基本となる。これがIASの場合ではどうかと言うと、採用された新入のIASは、希望、試験成績等を参考にされつつ、所属の地方政府(州等)に割り当てられることになる。日本風に言えば、ある人は東京都所属に、また、ある人は新潟県所属に、ということになる。東京都、新潟県と言っても、インドの場合は、言葉が全く違ったりするので、出身地の地方政府に赴任された場合は必要無いが、そうでない場合には、厳しい語学研修を受けて、それを通らないと赴任が出来ないということになる。

地方政府に割り当てられた若手IASの仕事は、まずは、郡、町、村といった行政組織の上級行政官としての勤務に始まり、それを数年行った後に、地方政府の幹部としてさらに数年の勤務を行うことになる。地方政府の仕事をしている中で、勤務評価、希望等により、連邦政府で勤務することとなるが、その場合も、5 年間の出向。出向期間が終わると、所属する州政府に戻ることになる。その後は、連邦政府と所属州の間を行ったり来たりしながら、連邦政府でも所属州でも様々な省を渡り歩くことになる。ある一定の年次になると、それぞれ部長、局長、次官補、次官への昇任の審査が行われ、昇任できた者は、中央政府で該当する職に就くことが出来るが、その審査に漏れたものは、州政府に戻るか、あるいは、辞任をするかということになる。いずれにせよ、所属省といったものはなく、様々な省に渡り歩くケースが多い。仲良しのIASに、「そんなに渡り歩いてよく仕事が出来るな。」と聞いたが、「行政官としての仕事の仕方は、分野が違っても相当似通っているので、全く違う部署に配属されても問題無い。」とのことだった。

前身となる制度はインド植民地時代の制度であり、もともとはイギリス人にのみ適用された制度であったのが、植民地時代後期になると、優秀なインド人にもこの職制が適用されるようになった。そのような歴史のある前述のIAS制度だが、メリット・デメリットとして考えられるものを簡単に整理して見たいと思う。
まず、この制度のメリットとしては、地方政府と中央政府、あるいは、中央政府内の連携が改善されるという点が大きいと思う。地方政府に基本的に所属する者が、連邦政府で高位の役職を有することにより、州政府と連邦政府の連携が自然に改善されるし、連邦政府での政策判断する者であっても、最初は郡・町・村などで働いた経験があるわけで、地方の実情を全くわからないで判断するということも避けられる。また、連邦政府内でも、省を超えた人事異動、あるいは地方政府出身者同士のネットワーク、あるいは同期のネットワークが、省を超えて張り巡らされているので、省を超えた非公式なコミュニケーション・ルートが多数あることになる。インド政府部内の連携の悪さを知っている方からすれば、連携のどこが改善か、ということかもしれないが、IASの制度が無ければ更に状況が悪かったのではないかと思う。

もちろんデメリットもあるわけで、異動先が現在の仕事と全く関係無いことにより、現在の仕事への責任感、特に長期的な業務への責任感が低下するという問題もあるし、やはり専門性の欠如という問題が赴任直後に著しく表れ、赴任後当分の間、実質上仕事が全くはかどらないといったケースも多い。日本に比べて後任への引き継ぎが十分に行われないため、このような問題が余計に目立ってもいる。

前述の通り、メリット・デメリットの両方があり、日本の制度とインドの制度のどちらがいいかというと、歴史・背景事情等も全く違うので何とも言えない。ただ、少なくとも、日本の現在の制度と相当に異なる制度がインドに存在しており、それがそれなりにワークしているのは事実であるし、日本における省庁を超える様々な調整の困難さを考えると、インドの制度から学ぶ点もあるのかもしれない。
(意見に渡る部分は、個人的な見解である。)
(s-takagi@h4.dion.ne.jp)

*1965年生。経済産業省アジア太平洋協力推進室長。東京大学法学部卒業。ミシガン大学経営大学院よりMBA取得。1997年から3年半在インド日本大使館勤務。その後、資源エネルギー庁勤務を経て、現職。