コンテンツ産業と改正下請法の施行について

2004年05月10日 00:00 : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

岸本 周平(国際大学GLOCOMフェロー)

コンテンツ制作の現状
 コンテンツ産業の中核である地上波テレビ放送は、NHK及びフジテレビ、日本テレビ、TBS、テレビ朝日、テレビ東京の民放五系列によって流通機能が担われている。テレビ局は寡占的であり、さらに加えて自らも制作機能を持っているため、中小企業者が大多数である制作事業者に比べて圧倒的に強い立場に立っている。したがって、明らかに独占禁止法(以下、独禁法)上の「優越的地位」にあると言える。

 たとえば、アニメーションは、30分番組が1週間に60本程度放映されているが、一本あたり8百万円から千2百万円が制作会社に支払われる制作費の相場と言われている。これでは、制作費が賄えず赤字になるが、二次利用、特にグッズのロイヤリティ―や海外への番組販売で収支トントンにするというビジネスモデルである。テレビ局によっては制作費が4百万円なのに著作権まで取ってしまうという極端な例もある。

 この結果、コンテンツの制作会社とテレビ局の間では報酬のアンバランスが見られる。日経エンタテイメントの人件費調査によれば(2003年9月号)、テレビ局の最高はフジテレビで平均年収1497万円(平均年齢39.8歳)であり、アニメ業界でトップの東映アニメーションの平均年収707万円(平均年齢 40.2歳)の倍以上となっている。アニメ業界2番手のトムス・エンタテイメントの平均年収は482万円(平均年齢33.6歳)であるが、制作会社の多くはもっと低い給与水準で仕事をしている状況である。

著作権と公正な競争
 コンテンツ産業が発展するためには、著作権をめぐる問題が解決される必要がある。著作権法上はコンテンツを制作した者が著作権を原始的に獲得する。しかし、制作会社がテレビ局などの流通事業者によって、一方的に著作権を譲渡させられるという問題が指摘されている。あるいは、BS、CS放送やビデオなど各種の二次利用権を処理する権利(業界では「窓口権」と呼ばれる。)をテレビ局が一方的に押さえてしまうという批判も多い。

 2002 年、著作権の処理をめぐって、NHKと全日本テレビ番組制作社連盟(ATP)が紛争を起こし、ATPが公正取引委員会に駆け込むという事態が起きた。論点は下請け制作会社との委託取引契約に関するもので、「制作された番組の著作権をNHKに譲渡し、その番組の著作権がNHKに帰属することが問題にならないか?」というものであった。公正取引委員会は昨年1月に、「取引条件を示さずに著作権を自らに一方的に譲渡させること」や「二次利用に係る収益の配分が不当に低いなど、番組制作会社に対して不当な利益を与える場合」は優越的地位の濫用として独禁法上問題となるとの見解を発表した。

 一方で、NHKは自主的に委託取引契約方針を見直し、まず、それまで口頭で行ってきた番組制作会社への業務発注を「文書」で行うこととした。また、委託取引契約においても番組制作会社に著作権を認めたり、アニメ番組に関しても権利の共有や権料収入配分の可能性を示唆した。今回のこの決定は一歩前進したものと素直に評価すべきであろう。実際、ATPや日本動画協会も一定の評価を表明している。民放各局に関しては、テレビ局毎に区々様々ではあるが、著作権の取り扱いに関して、下請制作会社に不利益な扱いをしているテレビ局も多い。ぜひビジネスモデルを改善すべきである。

独禁法の適正な執行
 クリエータ側を強くするには、まず、著作権法上の「発意と責任」を有する制作会社に著作権が原始的に所属すること、従って、制作会社が著作権を譲渡する時には適正な報酬が与えられるという当たり前のことがビジネスの前提となるべきである。そして、交渉の過程で「取引上優越的な地位」にあるテレビ局などがその地位を利用して、制作会社に不当な不利益を与えるような場合には独禁法による事後規制で対応するべきである。冒頭に述べたように、アニメ番組一本を4 百万円で買い叩いた上、テレビ局が著作権まで譲り受けるケースなどは明らかに独禁法違反となろう。2002年4月の経産省アンケート調査によれば、著作権関連分野以外にも多くの独禁法違反となり得る事例が見られる。たとえば、成果物を納入後、予め定められた代金を一方的に減額する、番組で使用した楽曲の代表出版権をテレビ局の子会社に帰属させる、テレビ局主催のイベントの入場券や映画の前売り券を買わせる、テレビ局内部のゴルフコンペに商品を出させるなどなどである。独禁法による事後規制を行う際には、どのような場合に法律違反になるかが明確に分かるガイドラインが必要不可欠である。その上で、公正取引委員会が市場監視と厳正な法執行を行うべきである。

下請代金支払遅延等防止法の改正
 さらに、今般、制作会社を応援するために下請代金支払遅延等防止法(以下、下請法)が改正された。この結果、本年4月1日からサービス分野における下請取引(コンテンツの作成や役務の提供)も下請法の対象となった。テレビ局などの元請事業者には次のような義務が法律上発生する。まず、下請代金の支払期日は、下請事業者から成果物を受領した日から60日以内、かつ、出来る限り短い期間内において定めなければならない。さらに、下請取引において、書面交付が発注の都度、しかも発注後すぐに必要となり、原則として「下請事業者に委託された作業の内容」、「下請代金の額」、「支払期日」、「支払方法」等を記載しなければならない。その上で、元請側に対しては、以下の項目が禁止事項として規定されている。@不当な受領拒否、A下請代金の支払遅延、B下請け代金の不当な減額、C不当返品、D同種または類似の内容に対して通常支払われる対価に比べて著しく低い下請代金の額を不当に定めること、E物の購入強制、F不当な経済上の利益の提供要請、G不当なやり直し等である。しかも同法は報告徴収権、立入検査権を行政側に与え、違反行為がある場合は勧告や社名公表・罰金等の処置ができる強力な法律である。

 そこで、独禁法と下請法などを最大限活用するため、経産省の経済産業政策局に本年7月から公正競争室(仮称)が設置されることになった。いわば「コンテンツGメン」として、下請法による報告徴収、立入検査権を発動したり、独禁法違反行為を職権で摘発し、公正取引委員会に対して措置請求をしていく体制が完成したのである。下請虐めが起きないよう、特に、通報者に対する不利益な行為が排除されるよう「通報者保護ガイドライン」も策定される。「コンテンツGメン」の厳正かつ公平な活動によって、一日も早く放送コンテンツ業界の悪しき慣行を一掃すべきである。クリエータ側に軸足を移したコンテンツ産業政策に日本政府が率先して取り組む時代がようやく始まった。

*1956年生まれ。和歌山県出身。東京大学法学部卒。80年大蔵省入省。首相官邸、主税局、主計局勤務を経て、95年プリンストン大学客員研究員。翌年から同大東洋学部で客員講師として教鞭を取る。帰国後、国際局、通産省出向、財務省理財局国庫課長を歴任し、現職。埼玉大学、中国山東大学客員教授兼務。政策分析ネットワーク副代表。
主な著書に「中年英語組」、「日本の東アジア構想(共著)」など