家計負担増加の影響をどうみるか

2004年05月10日 00:00 : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

小方 尚子(日本総合研究所 調査部主任研究員)

 今年度から来年度にかけ、年金保険料の引き上げ、老年者控除、配偶者特別控除の廃止、公的年金等控除の縮小など家計に直接影響する制度変更が実施される。これに伴う家計の負担額増加は、児童手当の拡充など受取増加分を差し引いても、2004年度に5000億円、2005年度には、1兆円に上る見込みである。このため、足元でようやく上向き始めた個人消費を再び冷やすことになるのではないかと懸念する声がある。

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 こうした制度変更が家計に与える下押し圧力は無視できないものの、以下の事情を勘案すると、消費の底割れは回避される見通しである。

 第一に、家計の負担増加の一方で、政府部門からの家計の受取が着実に増加していることがあげられる。家計が受け取る社会保障給付(年金・医療・介護保険等)は、人口の高齢化に伴い、90年代以降、年間3兆円のペースで増加する一方、負担額は、景気低迷による所得の伸び悩みを主因に横ばいで推移してきた。このため、受取額から負担額を差し引いた「ネット」の給付額は93年にプラスに転じて以降拡大を続け、年間30兆円を超えるまでにいたっている。2004 年度、2005年度も、現在予定されている負担増加は、給付額の増加を下回り、「ネット」の給付額は、引き続き増加する見通しである。このため、年金等の給付が多い引退世帯を中心に、消費の下支え要因となることが期待できる。

 第二に、物価の下落により金融資産の実質購買力が増加し、これが消費を喚起する効果(ピグー効果)があげられる。金融資産残高に物価下落幅を乗じて実質購買力の増加額を試算すると、消費者物価が下落に転じた99年度から2003年9月期までの累計で約42兆円に達する。足元では、消費者物価の下落幅が縮小する動きが出ているが、これは医療費の窓口負担の引き上げやタバコ税の引き上げなど一時的な要因による影響が無視できない。近年の物価下落の主因である需給ギャップの解消には、なお時間を要する見通しであり、金融資産の多い高齢者層を中心に消費を下支えする構図が当面続くことが見込まれる。

 第三に、雇用・所得環境の悪化に下げ止まりの動きがみられることである。失業率は、2004年2月に5.9%と依然として高水準にあるものの、上昇には歯止めがかかりつつある。前年比マイナスを続けてきた賞与も、2003年度には企業業績の回復を反映して小幅ながらプラスに転じた。雇用に対する見方も改善傾向にある。こうしたなかで、勤労者世帯で続いてきた消費抑制の動きも若干緩和されるものと期待される。

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 このように、今後の家計負担の増加による景気下押し圧力は、高齢者に対する給付の増加を要因として、当面、限定的なものにとどまる見通しである。給付の自然増を勘案せず、制度変更に伴う負担の増加だけに着目し、これがすべて個人消費の抑制につながると仮定しても、GDPを押し下げる規模は2004年度 ▲0.1%、2005年度▲0.2%にとどまる。

 また、高齢者世帯がこれまでと同様の消費水準を維持すると仮定した場合には、2005年度の影響は▲0.1%にとどまる。制度変更による景気下押し圧力は、当面、景気を腰折れさせるほどのインパクトは持たないと判断できる。

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 しかし、当面の景気腰折れについての懸念が低い一方で、長期的な懸念材料が着実に膨らんでいることは見逃せない。上記の理由のうちの二つ、すなわち@ 「ネット」の給付額増加と、A物価下落による実質購買力増加には、持続性がない。そればかりか、将来のわが国経済に対するマイナス要因を拡大している側面さえある。

 家計の受取超過が続くことは、財政赤字の拡大、将来世代への負担先送りを意味する。また物価下落は、売上げの伸び悩みを通じて収益を下押しし、企業が積極的な事業展開、ひいては本格的な景気回復を阻む要因となる。

 当面の家計負担増加についてマイナスの影響を過剰に心配する必要はない。また、足元で見え始めた経済再生の芽は、人々に一定の安心感を与えている。しかし、その背後に潜む問題を正視し、@持続可能な社会保障制度の再構築を着実に進め、制度への信頼を取り戻していくこと、A経済再生を通じ、勤労者世帯の家計所得増加を実現すること、の必要性はむしろ高まっている。