海洋国家日本の戦略
2004年09月10日 00:00 : Comments (0) : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

鈴木邦子(東京大学先端科学技術研究センター 特任助教授)

はじめに
 2004年7月19日、「海の日」が日本国民の祝日となってから、まる8年を迎えた。祝日制定の意味には、「海洋国日本の繁栄を願う」ということが明記されている。しかし、真に繁栄を願うならば、「願う」のみでは不十分であり、「繁栄を築く」ための努力をしなければならない。では、海洋国家日本が繁栄するためには、どうしたら良いのか。そんな問題意識をもって、高坂正堯著「海洋国家日本の構想」(『中央公論』1964年9月号初出)を開いてみた。今から丁度40年前に書かれたものであるが、内容は、現代でも通ずる示唆に富んだものである。この「海洋国家日本の構想」を紐解きながら、海洋国家日本の戦略を考えてみたい。

T 島国から海洋国家へ
 まず、日本の国家像とはどんなものか。かつて日本のイメージは、「資源が少なく、人口過密の、小さな島国」だった(学校の教科書でもそのように習った)。しかしその裏を返せば、「先進技術を持った、経済大国」で「通商国家」である日本のイメージが浮かび上がる。そして、「島国根性」というと、内向きで閉鎖的な社会を想起させるが、日本を「海洋国家」と見ると、開放的な広がった空間イメージを持つ。一説によると、国連海洋法条約に基づく排他的経済水域を含んだ海域の面積で計算すると、日本は世界で6番目に大きな「海洋国家」になる。島国日本を海洋国家日本として、捉えなおして物事を考えて行きたい。

 しかし、「海洋国家」は、一朝一夕で成立するものではない。まして、願えばそうなるわけでもなく、やはり、そこには海洋国家として国を築き上げる作業が必要である。「海洋国家日本の構想」の中で、高坂氏は、「大陸の縁辺の小島国であったイギリス」が、「海洋国としての未来を作って行った」歴史を紹介している。英国も、最初から、海洋国家として存在したのではなく、「農業的で牧歌的な国」だったのを、自らの政策と実行によって、「島国」から「海洋国家」に変容を遂げ、世界に進出して行ったのである。当時の国王達がしたことは、多くの船を作り、「常設海軍と造船庁」を設置し、海外探検家や商人達への援助を惜しまなかったことである。

 日本が島国から脱皮し、海洋国家になるにも、それ相応の政策が必要である。高坂氏は、「視野の広さ」や「大きな構想力」をもって、「今後の世界政治の動向の理解の上に」、「慎重な政治」によって政策が実行されなければならない、と説く。そして、「政府しかできない長期的政策」の一つとして「海の開発」を挙げる。何故なら、海洋の開発は、多額の投資を必要とし、民間では賄いきれないからである。開発の対象は漁業資源に加え、鉱物資源があり、後者に関しては、「科学的基礎調査」がますます必要になりそうである。

 海洋国家としての日本は、「独自の力」を持たなければならない、と高坂氏は主張する。その「力」とは一体何か。筆者は、「科学技術創造立国」を目指す日本は、海洋国家としての独自の「科学技術力」を育成し、維持する政策を取るべきではないか、と考える。


U 「海の開発」と「海の安全」
 では、その科学技術力をどの分野で使うのか。海洋国家としては、「海の開発」、そして「海の安全」は欠かせない分野である。

 まず、「海の開発」の一つ、鉱物資源の開発に関しては、「大陸国家」中国に比べて、遅れをとっていた感があった。が、5年後に迫った2009年5月の「国連の大陸棚の限界に関する委員会」への「科学的・技術的資料」の提出期限に間に合わせるべく、2年前から、日本政府は、大陸棚調査を積極的に進める姿勢を示した。平成16年度では前年の6倍にあたる104億円を、大陸棚確定調査のための関連予算として計上した。今後さらに調査を加速する予定で、5年間で 1000億円程度を見込んでいる。

 「海の開発」のもう一つの側面、漁業資源に関しては、日本は「先進国」であったことからも、早くからその枯渇を懸念し、持続的開発が可能なように、漁業国でありながらも、自ら減船を行なってきた。科学的データをもとに、日本政府は、FAO(国連食糧農業機関)とも協力をして、海洋資源の保護を、積極的に諸外国に働きかけてきた。また、捕鯨問題では、IWC(国際捕鯨委員会)で矢面に立たされている日本であるが、調査捕鯨によって、世界トップの鯨類研究がなされ、その成果はIWCの「科学委員会」も認めるところである。鯨が増えすぎ、人類の3−6倍の魚を食べ、漁業資源が捕獲できなくなっているという現実問題も発見された。

 「海の安全」(広義)は、海洋の航行や利用に関する「安全」(狭義)というハードな側面と、「海の環境」というソフトな側面で捉えられる。前者に関しては、海賊、麻薬、密航、密輸、テロなどの対策に日本が積極的な役割を果たし、航行の安全を確保することが重要になってくる。「通商国家」日本にとっても、経済の相互依存が深まる世界にとっても、この「海の安全」は死活的利益である。その意味で、防衛研究所が提案しているOPK(海洋平和維持活動)構想は、日本が諸外国、特に東南アジア諸国と連携しながら、実現して行きたいものである。

 「海の安全」のもう一方の側面である「海の環境」は、「海の開発」と直接結びつき、地球環境全体ともかかわる深い大きな問題である。2001年の省庁再編で、環境庁が環境省となったのは、日本政府が「環境」を行政対象として重視するようになったことの現われである。海洋国家日本としては、「海の環境」対策をより充実したものにし、国内でも、また国際政治の場でも、主導権を発揮すべき分野であろう。また、日本の科学技術力は、環境対策において、非常に重要な「力」となり得る。

 かつて、海は自由な存在だった。広い「公海」には「自由の原則」が適用され、領海は12海里のみだった。国連海洋法条約の採択により、現在では、200海里の排他的経済水域が認められるとともに、大陸棚については、更に最大350海里まで沿岸国の主権が及ぶことにもなる。そうなると、領有権を主張して国家間の対立や国際競争が激しくなる可能性もある。また、科学技術の発達や自由な海を利用(悪用)して、麻薬や兵器関連物質の密売や人身取引が行われたり、「海の安全」を脅かす海賊やテロが起こったりしている。このような現在の情勢を考えると、自由な海を確保するためにも、「海の開発」と「海の安全」には、一定の国際秩序が必要になってくる。海洋国家日本は、海洋秩序の形成と確保にも貢献する場を見出すべきだろう。

V 「海洋国家戦略」
 岡崎久彦氏や北岡伸一氏は、海洋国家たる日本は、海洋国家である英国や米国と同盟を組み、協調していれば、国家戦略を間違えることはないと、主張する。両者とも、歴史の教訓として、日英同盟の締結と破棄、そして現在の日米同盟を例に挙げ、説明する。確かにそうである。が、それら「海洋国家」の原動力は果たしてどこにあるのか。筆者はもう少し思考してみた。

 「大陸国家」が領土に固執するのに対して、「海洋国家」は広い海、外に活路を見出す。そこには、オープンネス(openness開放性)がある。かつて中国大陸が列強によって植民地支配の対象になった時も、米国は「門戸開放」を唱えた。また、現在では当たり前になった多国籍企業(MNC)の先人をきったのも英米両国である。もちろん、両国とも、自国利益の確保を最優先はするが、余裕ができると「分け与えること」「共有すること」を知っている。英国のノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)もそうである。そして、そのオープンネスの象徴が民主主義である。更に、英米の強みは、その科学技術力にある。産業革命にしてもIT革命にしても、世界を変えうる能力を持っている。そして、「平和」(パックス Pax)を支配することも。そう考えてくると、英米との協調は、軍事同盟のみならず科学技術協力や総合安全保障の観点からも利点があるような気がする。

おわりに
 船橋洋一氏は、海洋国家日本における「島の重要性」を説きながら、日本の「海の多様性」についても触れた。日本は、太平洋のみならず、オホーツク海、日本海、東シナ海と異なる海に囲まれている。国土面積は狭いながら、日本が持つ島々や海の多様性は計り知れない。

 日本がこれらの多様性を今後いかに活かすことができるか。「海洋国家」の課題である。

*慶大卒。官庁、企業、国会、研究所、大学院をへて現職。外交・安保政策を研究。
(e-mail:k-suzuki@mk.rcast.u-tokyo.ac.jp)