FTAでしかできないこと、 FTAではできないこと

2004年10月10日 00:00 : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

小田正規(UFJ総合研究所新戦略部通商政策ユニット・主任研究員)

 2004 年9月17日、日本政府はシンガポールに次ぎ二ヵ国目となる経済連携協定(EPA)をメキシコとの間で締結(署名)した。世界貿易機関(WTO)の新ラウンド(ドーハ開発アジェンダ)交渉が難航する中、世界の主要国は軒並み自由貿易協定(FTA)の締結を加速させており、日本も例外ではない。日本は今後、タイ、フィリピン、マレーシア、韓国、ASEANとのFTA(EPA)交渉を行っていく他、中国、インド、メルコスール(ブラジルなど)、豪州、中東諸国(サウジアラビアなど)、チリ、南アフリカなどを、次のFTA候補国として狙いを定めている。EUも、EU自体を拡大して加盟国を25ヵ国とした上に、アフリカや中南米諸国とのFTA締結を加速させている。米国も、米州自由貿易地域(FTAA)の早期成立に奔走している。

 このように、世界大で拡大しているFTAは、加盟国数が増えすぎて意思決定機能が破綻しかかっているWTOに代替するものとして、各国が競って締結交渉を行っているが、果たして、FTAはWTOを代替することが可能なのであろうか。本稿は、FTAだからこそ達成可能な政策目標が何であり、一方で、FTAでは達成し得ない目標は何かということについて、整理を行いたい。

FTAだからこそ達成可能なこと
 FTAの最大の利点とされていることは、交渉相手が特定されるため、協定を成立させるための交渉スピードが速いということである。特に自国と経済的に結びつきの強い国とFTAを締結できれば、より輸出入が活発となり、それに伴って投資や人の移動も拡大し、FTAを締結した両国の経済発展に寄与することになる。交渉相手が不特定多数になってしまうWTO交渉とは、大きな差が現れるところである。

 またFTAでは、WTOではカバーされない幅広い分野での約束を行うことが可能である。例えば、日星EPAや日墨EPAにおいては、WTO交渉においては交渉議題から除外されることになった「投資ルール」や「競争政策」といった事項も対象に含められている。近年、米国が締結しているFTAには、環境問題や労働問題、さらには電子商取引に関するルールなども盛り込まれており、米国はこうしたFTAでの経験を積み上げ、自らが作りあげたルールをWTOで全世界に広げようという戦略を取っているのである。

 このように、FTA では多くの分野を交渉議題とすることで、分野間の「駆け引き」が可能となる。例えば、農産品の関税引き下げで譲歩するかわりに、投資ルールについては投資前内国民待遇の確保を得る、といったケースである。もちろん、こうした分野間の駆け引きはWTO交渉においても不可能なわけではないが、近年のWTO交渉では、加盟国ごとの利害が複雑になり過ぎ、まずは農業交渉で全加盟国が納得できる交渉枠組みを創り出すことができるかということに重点が置かれてしまい、「Aを譲歩するから、Bをよこせ」といった駆け引きを、交渉分野を超えて行うことが困難となってきている。逆にいうと、分野を超えた駆け引きができるからこそ、FTA交渉においては、WTO交渉以上の関税引き下げやサービス分野の自由化を達成することが可能となるのである。

 その他、WTOの政府調達協定に加盟していない国と、FTAを通じて政府調達に関するルールを策定できれば、同協定に加盟している日本にとっては、市場拡大のチャンスとなる。

FTAではできないこと
 一方、これまであまり十分に議論されてこなかったことであるが、FTAではできないこと(WTOのような多国間交渉でなければできないこと)がいくつか存在することにも、目を向けていかなければならない。

 例えば、二国間FTAの場合、一方が貿易交渉において強い発言力を持つ国(米国など)であり、もう一方が発言力の相対的に低い国(途上国など)である場合、発言力の強い国の思惑が強く反映されたFTAになる可能性がある。現在のWTO新ラウンド交渉のように、途上国が一致団結して先進国に対して交渉力を発揮するようなことは、FTAでは行いづらい。2004年5月までにWTOに通報されたFTAは107件(EUの拡大等によって失効したFTAを除く)であるが、そのうち途上国同士のFTAとして、授権条項に基づき通報されたFTAは20件に留まっており、FTAは比較的経済発展水準の高い国に志向されていることがわかる。加えて、多数国間交渉では、A国に対しては譲歩するものの、B国から譲歩を引き出すことによって、自国の利益をバランスさせることが可能となるが、(複数国間のFTAを除き)FTAではこうした駆け引きの余地も小さくなる。

 また、WTOにおける紛争処理メカニズムは、紛争当事国以外の第三国のパネリストや上級委員、あるいは第三国参加する当事国以外の政府関係者により、客観的に評価されることになる。一方でFTAの場合、特に二国間FTAのケースでは、紛争が当事者のみで処理されることとなり(もちろん、第三者機関に処理を委任するスキームも存在するが)、客観性の担保や、紛争処理後のモニタリングのコストが大きくなる。

 さらに、一部の通商ルールは、FTA交渉になじみにくい性格を有している。補助金を例に取ると、補助金の削減効果というのは、全世界向け輸出に対して影響してくるのであって、特定国向けの輸出に影響を与える補助金の削減ということは行いにくい。ブラジルがFTAA交渉において補助金の問題を取り上げようとしたとき、米国が「それはWTO交渉で扱うべきイシューである」と反論したことは、国内政策がFTA交渉相手国向けだけに変更不可能であることを示したものである(もっとも、米国がFTAAにおいてこのように主張したにもかかわらず、WTOにおいて十分な補助金削減の譲歩を行っていないことが、途上国の反感を買い、WTO交渉を頓挫させてしまった大きな要因であると言われている)。

 同様のケースは、アンチダンピングやセーフガードについても一部当てはまる。特定国からの輸入品に対してのみ、アンチダンピング・ルールを厳しくしたり緩和することは困難であり(1997年発効のカナダ−チリFTAのように、双方が国内のアンチダンピング法を適用しないとするFTAも存在するが、これはダンピング問題を輸入品に限定せず、国産品・輸入品ともに同じ国内競争法によって対処するという考えに基づいている。しかし、カナダ政府がチリからの輸入品だけを国内競争法で対処し、その他の国からの輸入品をWTOアンチダンピング協定で対処するということは、複数の国からの輸入品を扱う事業者にとっては、分かりづらい制度となってしまう)、セーフガード措置をFTA締結国に適用しないことについても、そもそもセーフガードは輸入国の世界全体からの急激な輸入増加を前提としており、FTA締結国からの輸入増加をセーフガード措置の前提としない場合、残りの国からの輸入増加が国内産業に与える影響の程度を特定することが極めて困難となる(もちろん、セーフガード措置を適用するにあたって、輸入量増加の調査にFTA締結相手国を含め、措置の適用対象国からFTA 締結相手国を除外することは、セーフガード協定第2条2項違反である。一方、日墨EPAの二国間セーフガード措置はFTAによって関税を引き下げた品目の輸入が増加した場合に、当該FTA締結相手国に対してのみセーフガードを発動できる規定である)。そもそも、FTAの締結数が拡大したとき、締結相手国をセーフガードの対象からどんどん外していけば、最終的にはセーフガード措置を発動できる状況が存在しなくなってしまうことすらあり得る。

 同様な状況は、知的財産権の保護のように、特定国の知的財産権だけを差別的に保護することが困難であるということにも当てはまる。WTOは、加盟国全ての産品を保護することにより、「最恵国待遇」と「内国民待遇」を同時に達成可能であり、また水際の関税措置など(狭義の)市場アクセスを超えて、国内政策のハーモナイゼーションが可能となるのであるが、FTAの場合、特定国だけを最恵国待遇の例外扱いすることになるため、国産品も輸入品も同様に扱う国内政策を柔軟に適用することが困難になるのである。

FTA交渉の留意点
 日本のように既に大半の産品において関税がゼロであり、サービスや投資の分野において障壁がかなりの程度取り除かれている国の場合、FTA交渉において譲歩できる余地がおのずと限られており、障壁が残っているのは農産品をはじめとするセンシティブ品目ばかりである。このような状況においてFTA交渉を行うと、自ら譲歩可能な分野が少ないことから、「自由化ができない分は、ODA資金を通じて技術協力を行う」という、自由化交渉とは別の部分での譲歩を行わなければならなくなるケースもある。

 その他、WTOの各種ルールとの整合性の観点から、いくつか注意しなければならない部分もある。現在、世界中で様々なFTAが締結されているが、FTAごとにルールが微妙に異なっている。代表的なものは原産国ルールであるが、産業界にとってみると、国ごとに、またFTAの締結相手であるか否かによって原産国ルールが様々に異なること(スパゲティ・ボウル状態)は、事業運営上、非常に扱いが厄介なものとなる。また、FTA例外を定めたGATT第24条の「実質上の全ての貿易」という要件を満たすためには、一般的にはタリフラインあるいは実際に貿易が行われている品目(HS9桁レベル)の95%程度を自由化対象としなければならないとされているが、この自由化水準を確保するための方策が各種開発されてきている。例えば日本がメキシコからの豚肉やオレンジジュースの輸入に対して導入したのは、一定の関税半減枠を設定し、毎年関税半減枠を徐々に拡大していくという方法論である(5年経過時点で税率及び枠を協議することになっている)。たしかに、こうした方法は、自由化の「対象品目数」をGATT第24条整合的にするために必要なのかもしれないが、関税半減枠が設定されている状況が「実質上の全ての貿易」において貿易制限が廃止されている状況かどうかは疑わしい。もし、今後多くのFTA交渉において、こうした「部分自由化」品目の数が拡大していけば(仮定の話として、全ての有税農産品を部分自由化の対象とすれば)、これは「実質上の全ての貿易」とは言えなくなってしまう。

 GATT第24条の拡大解釈を行うことによって制度を複雑化させてしまう前例を作ってしまうことは、今後FTA交渉国が拡大していく中で、FTA間の整合性確保を困難なものとする(もちろん、GATT第24条の解釈を明確にする作業自体が別途必要ではある)。また、日本が国内の構造調整を図っていく過程においては、できるだけ分かりやすく単純な制度構築が必要である。そのためにも、FTA交渉においては、GATT第24条との整合性が目的なのではなく、自由化を通じた活力ある経済運営が可能となる環境整備のために、何をしなければいかないのかということを、改めて考えていくことが重要になっている。

 以上のように、FTAには利点もあれば、欠点もある。FTAはWTOの一部を補完・代替することはできても、WTOの完全な代替物となならないということを、十分に理解して交渉に向かう必要がある。


*慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了。現在、東京情報大学総合情報学部非常勤講師(国際貿易論、開発経済学)。日本政府の通商政策に関する各種研究会の委員を務める。近著に、『WTO入門』(日本評論社、共著)。