英国に見る総合的かつ検証可能な政策形成の要件

2004年12月10日 00:00 : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

小池純司(野村総合研究所研究員)

政策形成の"インフラ"としてのマニフェスト

 2003 年は、統一地方選、また衆院選を通じてマニフェストという言葉が人口に膾炙した、いわば「マニフェスト元年」といえる年だった。

  マニフェストの効用は、それが「政権公約」と訳されることからも、政権選択や自治体の長を選ぶ際、投票時の具体的な判断基準として機能することであると専ら認識されている。

  しかし、本来、マニフェストの効用は投票時に限定されるものではない。つまり、マニフェストは総合的かつ明確な政府の施策の指針であるため、選挙後も幅広い主体による施策の方向性や進捗状況の検証材料として機能しつづける。

  実際、マニフェストの先進国である英国では、総合的な政府の指針であるマニフェストが、各省庁の白書や中長期計画・年次計画によって個別に具体化され、かつその成果も毎年度明確に公表されている。

  このように英国では、マニフェストを具体化した施策やその達成度合いが幅広い主体により確認されることで、今後の政策のあり方について広範にかつ達成度等の明確な情報をもとに議論されている。

  また、英国ではマニフェストにより総合的に示された目標を、その目標達成のための施策立案や執行プロセスにおいて活用する枠組みも用意されている。

 具体的な例として、目標の達成により期待される成果をもとに当該事業の予算編成を行う「公的サービス協定(PSA)」の仕組みや、自治体や学校を対象に、国の目標にのっとった提供サービスの水準を数値目標として提出させ、その達成度合いをもとに様々なインセンティブやペナルティーを課す「ベストバリュー」の取り組みが挙げられる。いわば英国におけるマニフェストは、選挙の際の判断基準としてだけでなく、政策形成過程全般において活用されるいわば"インフラ "として機能している。

政策形成での総合性及び検証可能性の必要

 英国の取り組みにおいて注目するべき点は、マニフェストを通じた総合的な政府指針の提示、それをもとにした施策立案及び執行といった一連の取り組みが、「明確な根拠に基づく政策形成(Evidence Based Policy Making)」という理念の下、一体のものとして行われていることである。英国では、「明確な根拠に基づく政策形成」の理念のもと、政策形成の総合性及び検証可能性を、マニフェストを通じた施策の立案やその後の目標達成を支援する様々な仕組みを通じて担保しようとしている。つまり、英国政府は、政策目標の総合化と政策形成過程の可視化を試みることで、結果として幅広い主体が共通の土台に立って政策の有効性を議論することを可能とするよう目指している。

国の政策形成における総合的な根拠の欠如

  英国と同様、わが国においても、昨年からマニフェストが選挙において登場している。また、各省庁において政策評価の名のもと、設定した目標を根拠に行政運営や予算要求を行う取り組みが始められている。

  このように一見すると、わが国でも英国に近い総合的かつ明確な根拠に基づく政策形成が行われていると思われる。しかし、実際に政策の目標や成果が、総合性を担保した上で、政策形成への明確な根拠として活用されているかについては疑問ありとせざるをえない。

  わが国の各省庁では、所管事業に対する政策評価を実施し、その結果を行政運営や予算要求において活用しようとしている。つまり、個々の省庁においては、目標の提示とその達成度合いの検証により、政策形成の根拠を明確に示す試みがなされているといえる。

 しかし、各省庁での政策評価は、マニフェストのような政府総体としての総合的な指針を踏まえた活動になりきれていない。政策評価を通じて個々の省庁の目標やその達成度合いについては示されていても、政府総体としての総合的な目標体系が明らかでないため、省庁間ないし省庁内における施策の優先順位や相互関係についてははっきりとしないのである。

 こうした政府全体としての総合性の欠如は、それを担保する仕組みを欠いていることに由来する。例えば、各省庁の政策評価の結果に対して総務省が二次評価を実施することで、政府全体としての総合性が保持されようとしている。しかし、他省庁と対等関係にあり、かつ政府全体の指針を管轄する権限を持たない総務省が、総合性を働かせることは容易ではないだろう。また、財務省が、政策評価結果をもとに総合的かつ省庁横断的な予算配分を実現する仕組みも確立していない。

 このように、わが国においては、各省庁が個々に政策評価結果をもとにした行政運営を志向するにとどまり、政権党のマニフェスト等、政府全体としての基本方針を踏まえた総合的な根拠に基づく政策形成が行われているわけではない。むしろ、総合性どころか、管轄する施策実施の正当化に評価結果を援用するなど、省庁によっては我田引水的な取り組みが散見される。

地方からの改革の潮流

  わが国における政策形成への根拠の活用と英国のそれとを比較すると、わが国では根拠に総合性を欠いたまま、各省庁が評価結果を各自の都合を優先にして活用している状況が浮かぶ。

 今必要なことは、マニフェストや政策評価を形式的に提示・運用することではない。むしろ、広く国民を巻き込んだ政策論議のために、総合的かつ明確な目標や客観的材料を提供するものとしてマニフェストや政策評価を位置づけ直すことである。すなわち、根拠に基づいた政策形成が国全体としての総合性を確保した上で行えるように、今一度、既存のマニフェストや政策評価結果の活用方法を築き直すことが必要である。具体的な再構築の方向性については、わが国の地方自治体の取り組みから示唆を得ることができる。

 マニフェストを政策形成における根拠の起点とする取り組みとして、福井県や佐賀県では、知事のマニフェストの実現を図るために、各部局長がマニフェストに対応した目標を設定し、それをもとに部局の運営を行っている。達成状況は、毎年度知事と部局長が共に確認し、次の取り組みに活用する。

 この事例から、マニフェストを部局の目標として展開することで、マニフェストは選挙時だけでなく、その後の行政全体の指針として活きることが理解できる。つまり、マニフェストという総合性が担保された目標を"明確な根拠"とした政策形成が可能であることを意味する。

 次に、全庁的な観点から、事業の成果をもとに予算編成を行っている事例として、兵庫県川西市をとりあげる。川西市では、事業部局のみが事業の評価結果を把握するのではなく、市の企画及び財政担当部局が評価結果を把握した上で、全庁的観点から計画の見直しや予算の編成を行っている。市においても、全庁的な観点からの計画策定・予算編成の指針は、将来的には市長のマニフェストによって果たされることが予想される。

  川西市の事例からは、政策評価結果を根拠として、全庁的な観点から、責任ある主体が計画の見直しや予算の配分を行うことが可能であることがわかる。

  以上確認したように、総合的かつ検証可能な政策形成のための取り組みは、海外だけでなくわが国においても先鞭がつけられている。

  政府は一刻も早く、こうした取り組みに倣って、マニフェストを明確に行政計画として実現する仕組み、それらの計画を総合的に進行管理する主体の明確化、政策評価結果をもとにした省庁横断的な予算編成を実現することが必要である。変革の潮流は既に足元まで来ている。

(j-koike@nri.co.jp)

*プロフィール:慶應義塾大学総合政策学部卒。2000年より野村総合研究所に勤務。主な関心領域は、非営利組織のマネジメント、大都市制度、地方財政。