西澤真理子(シュテュットガルト大学社会学部環境社会学科研究員 )
『人の値段』は東京地裁の200億円判決ですっかり有名になった中村修二氏の青色発光ダイオードの特許の譲渡対価について妥当な値段はいくらであるべきかを緻密な事実の検証と高度な定量計算を以って論じ、正しい対価はxx億と結論したものである。その額は判決が認定した額の数分の一だが、常識人が推定する額の 10倍以上である。
東京大学名誉教授の西村氏は化学工学の第一人者で、これまで誰も解くことのできなかった、そして社会からの圧力により解くことが許されなかった水俣での工場廃水による水銀中毒の構造を事件から30年以上たった今日、応用科学の論理で証明したことで広く知られる。
発光ダイオード裁判の判決に対し日本中が「常識はずれ」という批判一色だった時に、「常識はずれで何が悪い」と、ごく少数派ではあるが正面切って判決を支持した論を展開したのも西村氏である。
『人の値段』は、科学で圧力に対抗してきた西村氏らしい、大胆ではあるが、緻密な科学の計算により中村氏の正当性を支持する。おきまりの「感想文」や「感情論」に陥りがちな批評とは異なり、定量化できる「科学的手法」を用いて個人の貢献度とその対価を論じていることが新鮮である。
技術者の貢献に対する対価は正当に支払われているのか?ベストセラー本を世に送った編集者の貢献度は一体どう評価されるのか?氏は、技術発明、研究、スポーツ、音楽、出版という幅広い各分野においても各人が受け取る対価は数式を用い定量化できると明快に論を展開する。これまでどちらかというと「タブー」で、触れられてこなかった部分に光を当てている。指揮者の小沢征爾への報酬は一公演600万円から700万円で当然で、『バカの壁』の編集者の受け取るべき額は1億3千万円で、「おかしくない額」であると計算式を使い攻めるところは圧巻である。
「こんなにやったのに、なぜ?」黒子として事業を成功させたのに、その評価を上司や同僚に取られてしまった、成し遂げた仕事に対し極端に低い評価を受け悔しい思いをしたことのある人(私を含めて)に一読を薦める。共感は間違いない。
組織の中の個人に対する貢献の評価方法を西村氏は提案する。「もし組織内の個人の貢献度を知りたいなら、唯一の確実な方法は、その人をはずしてみる、あるいは他の人と置き換えてみることです」。その人が「代替可能(リプレーサブル)」なのかどうかを客観的に検証することだという。
当たり前のようで、特に日本の組織の中にいる人間が意識しないであろう「代替可能」という指標の重要を理解する人が増えることで、日本のウチ社会的ルールに縛られ身動きできなくなった組織に属する個人が、そして組織自体が変化する可能性を期待したい。
仕事を真剣にやっても報われない人を多く生み出している日本のウチ社会的ルールを変えないといけない、と感じている人には必読の書である。
(nishizawa_riskmanagement@hotmail.com)
*ロンドン大学インペリアルカレッジ サイエンスコミュニケーション学科PhD。専門はリスク政策とリスクコミュニケーション。
