テロリズムと日本の安全保障政策
2005年05月11日 19:48 : Comments (0) : Trackback (1) : このエントリーを含むはてなブックマーク

―タカ派の反戦論−
◎片桐範之(ペンシルバニア大学政治学部博士課程 2年)

 ここ『政策空間』ではテロリズムに関する論文は比較的少なく、その本質的な重要性を考慮すれば日本の安全を語る上で避けられない問題である。本稿ではテロと9・11後の日本の対テロ政策について述べる。本稿の一部は(元防衛庁長官)愛知和男ポリシーペーパー2002年12月号に掲載、更に2004年5月に開催された東京ヤングライオンズ勉強会での助言に基づいて改訂されている。また、本稿は今月中に行われる政策空間主催の勉強会の題材でもある。

 9・11後の日本では、タカ派主流保守がアメリカ追随外交を選び対テロ戦争を支持し、普段なら反戦一本であるはずのハト派もそれを許容した。2年前の私の戦争についての論文*を読めば、私を前者と理解する事も可能であるが、対テロ戦争に関しては、私は反戦派の立場を採っている。ここでなぜだか説明しよう。

 テロの定義は未だに合意を見ないが、本稿では「自己の政治目的のために相手を暴力で脅し変化を強要する戦術」と定める。対テロ戦争と言われるがテロという行動もしくは概念自体は敵にはならず、敵はテロを手段とする人間である。そして9・11のケースを考えれば敵は反米イスラム原理主義信仰者の一部になる。

 まずテロの対処法だが、国際法は理想の極みであり、テロリストに対してはそれを実践する事は不可能に近い。また、テロを撲滅するために貧困問題に携わりソフトパワーの重要性を主張するのは夢を見ているとしか思えない。将来貧困がなくなる見通しもなければ、北アイルランドやビン・ラディンを見れば分かるように、貧困とテロに因果関係は成立しない。また、テロと戦う事は麻薬取引や不法移住と戦うのと同様、終幕を迎える事は困難を極める。テロは攻撃側に有利な戦術であり、問題はいかにその攻撃を減少させるかである。防衛側の反撃として軍事力を中心とするハードパワーの行使は敵数を減らしはするが同時に生き残ったテロリストの団結を強め、更なる新しい敵を生み出す。日本が現在取っているソフトとハードの結合は事実後者が前者を無効にしている。

 テロが攻撃側を有利にする要素は少なくとも4つある。まずテロは予防が難しく、実際に行動を起こすテロリストには抑止が効かない。第二に、費用対効果の割合が防衛側に不利に働く。例えばテロリストが攻撃目標を自由に選べるのに対し、防衛側は考えられる可能性全てを網羅しなければならない。第三に、摩耗率が攻撃側に有利に働く。防衛側と比べてテロリストには定住所がない事もあり、毎回の交戦率が攻撃側に有利になる。最後に、テロ発生後特にメディアが恐怖心を社会全体に充満させる。この様な要素を考えれば9・11以降大規模テロが成功していないのは驚くべき事である。

 日本が対テロ戦争に参加するまでは海外テロリストからの脅威は極小だった。しかし参戦後の日本はアルカイダから直接標的に指定され、同じく指名されたスペインはマドリッド駅で約1,000人の死傷者を出した。日本国内でのテロ関係組織が活発化する恐れは深刻であり、ハワイなどの日本人の海外拠点も狙われる可能性がある。

 日本が対テロ戦争に加担する理由は日米同盟という政治的な拘束であり、日本がテロリストの標的に含まれているという軍事的な誤解ではないのは明らかである。従って日本の対テロ戦争参戦に正当な軍事的根拠はなく、これらのテロリストは日本への直接的な脅威ではない。多くのハト派平和主義者さえも納得させた議論に軍事的説得力は乏しい。

 費用対効果を考慮した場合も、現時点で攻撃に参加して彼らを敵にする利点は見つからない。現実的に考えて、対テロ戦争が近い将来終わる見込みもない。参戦という選択は長期的に見れば戦略的コストの方が利益よりも遥かに上回るのである。

 では日本は具体的に何をすべきか。以下の様な措置が考えられる。

 まず防衛面では国内の対テロ体制を最大限にする必要がある。有事法制を見直し、在日米軍基地を含む標的になりうる地域の警察、自衛隊のテロ対策能力の向上、情報収集能力の強化に加え、戦略石油備蓄の充実、そしてその調達先の拡大が求められる。さらにテロリストの資産の凍結、国内外のイスラム社会との平和的交流も望ましい。

 より重要なのは攻撃面である。日本はテロリストを敵にする前にアメリカの対テロ攻勢と一線を画し、現在インド洋などで展開している軍事作戦は最小限にすべきである。対テロ戦争に使う資源を国内の防衛強化に回し、文字通りの専守防衛を実践するべきである。防衛がない状態で敵でもない者に対して攻撃をする事は愚行の極みであり、現行のテロ特措法はその更新を見送り、対テロ攻撃からいち早く撤退するべきである。

 テロに対しこのように間接的な処置を取ることによって、日本は財政・戦略面で資源節約し、対中国、対北朝鮮など日本の安全に直接影響を与える問題に的を絞る事ができる。限られた資源を効果的に使う為に、安全保障計画の優先順位を脅威のレベルに再調整するべきだ。

 ここまで読んで気分の悪くなったタカ派ぷち保守もいくつか反論ができよう。そして当日の勉強会では是非この議論もしたい。反論として、

1.対テロ戦争脱退で日本はアメリカの支持を失い国連安保理事会入りに失敗する。
2.日米安保協力の低下を招き日本は東アジアで孤立する。
3.海外で軍事貢献のできる日本こそ「普通の国」である。
4.テロが日本の直接的脅威になるのは時間の問題であり、今のうちに叩くのは当然だ。
 
が挙げられる。私からの返答は、

1.安保理入りと引き換えに自国民を危険に晒すまでの価値はあるのか?最近のイラク戦争は国連の無力さを露呈する結果となったが、21世紀の世界政治で安保理はどこまで日本の安全保障に役に立つのか、あまりに不透明である。
2.韓国やドイツを含むアメリカ同盟国を見れば低貢献度は孤立を意味しない。仮に孤立しても、実際に困るのは政軍面で在日米軍に頼るアメリカや、経済面で日本との貿易に期待する東アジア諸国であり、事実上日本の孤立化に歯止めがかかる。
3.「普通」の定義の問題である。「孤立」を逆にとれば、独自の防衛政策決定権を握る日本は国際社会に「普通」であるというアピールになる。必要な時に孤立する事のできる国家こそが「世界基準」の普通であるはずである。第二次世界大戦後に平和ボケを植えつけられ、それを打破しようともがき苦しんでいる日本は不必要に無理をしていないか?
4.予防戦争と呼ばれるテロリストへの先制攻撃は不必要に早期の自滅を招く。ビスマルクは予防戦争を「死を恐れるあまりの自殺」と呼んだ。蛇の攻撃を恐れるあまり蛇をつつくが、つつかれた蛇の反撃の危険性を無視していないか? 日本は不必要に戦争をしていないか?

 反論はこれだけでないはずである。そしてこの問題はもっと議論されるべきである。勉強会当日では多くのご意見をお聞かせ頂きたい。
(yaponorry@hotmail.com)

*http://www.policyspace.com/archives/200307/post_70.php

*ペンシルベニア大学政治学部博士課程2年生。1996年東京都私立城北高校卒業、2002年にコロンビア大学より修士号取得。専攻は国際関係学と軍事関係。ヤングライオンズのフィラデルフィア代表とプランジェのメンバーを兼ねる。