日米関係・次世代への挑戦
2005年05月11日 20:05 : Comments (1) : Trackback (1) : このエントリーを含むはてなブックマーク

◎東海 由紀子(ジョージ・ワシントン大学客員研究員)

 今年2月下旬、米国・ワシントンDCにある戦略国際問題研究所(CSIS)で、日米関係に関する講演が開催された。同研究所の日本研究部等に長く在籍し、米国から日米関係を見続けてきたW氏の日本帰国に当たって実施されたものであり、氏の15年余にわたる研究活動の総括とも言うべきこの講演を聴くべく、ワシントンDCで日米関係に関わる人達が会場にほぼ勢揃いしていた。

 いささかの感慨をもってこの講演に出席した筆者は、周囲を見回して愕然とした。米国人の参加者の多くが、50〜60代の引退した外交官だったからである。彼らの発言は1960年代の日米安保闘争等の回顧的話題に終始し、結局会合は、現状に関する議論や将来への建設的提案に関してはやや寂しいものとなってしまった。安保反対派学生によって安田講堂が占拠され、東京大学の入試が中止された年に生まれた筆者としては、彼ら旧世代の知日派が目を輝かせて語る裏話に大いに興味をそそられながらも、正直なところ、日米関係の将来には不安を抱かざるを得なかったのである。

 90年代半ばに日米通商摩擦が一応の収束を見て以降、米国の対日関心は低下の一途と言われる。ワシントンDCに本拠を置くシンクタンクでも、かつてはブルッキングス研究所をはじめ「有名どころ」の多くが日本専門セクションを持っていたが、現在ではそれもCSISのみとなってしまった。大学もこの傾向は同様であり、元駐日大使の名を冠したライシャワー・センターを持つジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)でも、日本を専攻する学生は10年前と比べて半減している。また、現在ワシントンDCの機関に在籍する日本専門家も、K・カルダー(SAIS)、M・モチヅキ(ジョージ・ワシントン大学)、E・リンカン(外交問題評議会)などベビーブーマー世代が中心であり、その次となると層がぐっと薄くなる。今後、若い世代からの参入がなければ、10年後20年後の日米関係は、先細りどころか危機的な状況になってしまうだろう。

 こうした状況に対する懸念の声は、ワシントンDCの邦人コミュニティで昨年あたりから特に大きくなってきていた。かつて米国通商代表部(USTR)でR・ゼーリック代表の補佐を務めた日系のN・マツカタ氏も同様の問題意識を持つ一人だ。氏は、昨年末に経済広報センターで講演した際に、米国における特定世代の中国専門家が第二次大戦後のレッドパージによって追放されており、それが現在の米中関係の不安定さの一因になっていることを引き合いに出して、「日米関係を担う人材を途切れさせることは、現在の米中関係のような真空状態を生むことになり、絶対に回避させなくてはならない」と強く訴えた。近年の米国は「中国ブーム」だが、若い世代が「中国通」に成長するまでにはまだ暫くの時間を要する。知日派予備軍も、一旦失われてしまうと同じ状態になることは想像に難くない。

 こうした状況に対して日本政府もただ手をこまねいているばかりではない。1987年からは、海外青年招致事業「JETプログラム(The Japan Exchange and Teaching Programme)」が総務省、外務省、文部科学省等の協力のもとに実施されており、米国を中心に大学卒業レベルの若者に、日本の公立中高・自治体で研修する機会を提供している。そのOB・OGは既に約30,000人にも上っており、筆者の周囲にも十指に余るJET経験者がいる。しかし、彼らの中で日本関連の仕事に就いている者はわずか一人に過ぎない。十数年前に日本での経験を見込まれて米上院の外交委員会のスタッフとなり、その働きぶりが目に留まって地元ワイオミング州選出のC・トーマス上院議員のシニアスタッフに引き立てられたM・モラン氏のような人物ですら、現在は日本に関わる仕事をしているわけではなく、「日本語能力や、日本で得た知識・経験が活かせないのが残念だ」としばしば語っている。

 一方の日本サイドは、日米関係に関心を持つ日本人は、アメリカ側の激変に比べると比較的安定しているように見える。だが、水面下では大きな問題も起きているようだ。日本問題の重要性が喧伝されていた頃は、米国のシンクタンク・民間企業等も米国の大学院を修了した日本人を相当数雇用して日本経済や日米関係のリサーチを担当させており、これが海外における潜在的な「政策人材」の厚みを生み出していた。この時期ワシントンDCで活動していた日本人の中には、現在国会に議席を持つ者も少なくない。しかし対日関心の低下につれて、彼らはこうした雇用先を失いつつあり、また運よく職を得られても、米国人のように政権交替とともにステップアップできる先がないため、キャリア形成に行き詰まるケースが多いのだ。

 加藤良三駐米大使やアーミテージ前国務副長官をして「日米関係はこの150年で最高」と言わしめているのと裏腹に、両国の将来を担う人材を取り巻く環境は非常に厳しい。しかし、それなりの人材が残っている今なら、日本経験を持つ米国の若手クラスの活動機会をある程度創出することで、日米関係の将来を担う人材の「断絶」を回避できるのではないか。

 そのように考えた筆者たちは、日米両国のビジネスマン、シンクタンク研究員、大学関係者等の幅広い賛同を得て、日米双方向で高等教育及び実務レベルの交流を促進する「The Center for Professional Exchange」なるNPOの設立に踏み切った。日米双方向の日本語教育・文化交流に関しては、日米協会などがこれまでも行ってきているが、本NPOでは、これら既存プログラムの存在を踏まえ、もう一歩進んだ実務に直結するレベルの交流を促進する諸活動の開拓を考えている。

 一例としては、政策教育の分野が挙げられるだろう。昨今、日本では政策系学部・大学院の設置が相次いでいるが、世界の政策の中心とも言えるワシントンDCのシンクタンクや国際・政府機関と有機的に結びついているところはそう多くないようだ。この地をベースに活動しているJETプログラムのOB・OGや日本人政策人材とうまく連携できれば日本の大学にとって大きなプラスになるばかりでなく、日本経験を持つ米国人のキャリア形成にも役立つだろう。本NPOには、こうした活動分野の経験が豊富なメンバーが多く参加している。

 またこの他にも、日本の企業・自治体等の米国研修をサポートする活動等を実施し、ヤングプロフェッショナルの育成、日米政府への政策提言などの研究・調査事業にも結びつけ、米国内の日本専門家や議会・政府関係者らとの交流を活発化させたいと考えている。

 先月ヨーロッパでの国際会議に参加して改めて強く感じたのは、日米がそれぞれ世界の中で「非常に特殊な国」であること、そしてその日米が表面的には異なる価値観や文化を持つように見えながら、実はお互いにシェアできる部分が非常に多い国同士だということであった。日米両国が安定した関係を維持・発展させていくことは、国際社会全体に大きく寄与することは疑いない。本NPOが、ワシントンDCの持つ「知のパワー」を活用することにより、両国関係の将来にささやかな貢献を行っていければ、と願っている。

*ジョージ・ワシントン大学客員研究員。ボストン大学大学院(ブロードキャストジャーナリズム専攻)修了。NHKスポーツキャスター、松下政経塾を経て、2003年秋よりワシントンDC在住。専門はポリティカルコミュニケーション。メディア戦略の観点から日米韓政治をフォローしている。