◎小俣栄一郎
「米農務長官、日本駐米大使に牛肉貿易再開時期の明示を要求」
「日墨自由貿易協定、焦点は農産物関税率」
「日中外相会談、中国側反日デモに係る謝罪、賠償には応じず」
---等々。「国益」という名の下において、主権国家同士の間で、お互いの利害が衝突することは、もはや予定されていることといってよいと思います。
その「国益」を代表して、かつそれを確保するための最前線に立って交渉に当たるのは各国政府であり、もう少し細かくいうと、いわゆる中央官庁、すなわちナントカ省やドコドコ省といった通商政策、外交政策、農業政策等を所管する役所がその実務を担当することになります。
競争政策という分野があるのをご存知でしょうか。競争政策とは、なかなか難しいのですが、我が国においては独占禁止法(世界的には、「競争法」competition lawという。)に基づいて行われる政策という定義が最広義でしょうか。独禁法の条文を引けば「公正かつ自由な競争の促進を通して、一般消費者の利益を確保するともに、国民経済の民主的で健全な発展を実現する」ための政策です。もう少し具体的な姿を示しますと、事業者の自由な活動を制限するような反競争的行為を摘発・排除することです。また、我が国ではこの政策を所管するのは、公正取引委員会という役所になります。
なぜ反競争的な行為を排除しなければならないのか。
それは、競争、これなくして経済社会の発展・進歩、消費者利益の確保はなされないからです。企業は競い合ってこそ、相手が行っていることから差別化を図ってこそ、自身の行っていることを見つめ直し改めて(restructure)こそ、若しくはこれら「切磋琢磨」の努力の必要に迫られてこそ、進化し、この過程を経て新しい商品・サービスや今までなかった技術が生まれます。他方、消費者はこれらの商品、サービス、技術等に対する評価若しくは支持の意としてこそ、対価を支払うわけでして、企業は、消費者からの評価・支持を得ることにより売上げを確保してこそ、事業活動を存続していけるわけです。
しかし、この原理(というと厳めしいですが)に反して、すなわち企業間が徒党を組んで切磋琢磨する立場を放棄し、努力を回避して、消費者を欺くかたちでその財布から金を「詐取」すること(この点がカルテル等の反競争的行為が刑事罰の対象になっている理由なのだと思います。)が罷り通ってしまえば、どうなるでしょう。
企業の懐は、たちまちクロいお金で懐を肥やされることになり、その体質はズブズブに成り下がってしまいます(もっともカルテル形成のために努力はするかもしれませんが、そうした努力は、社会的におよそ是認される行為ではありません)。
そうすれば、本来競争があればもたらされていたはずの利益が失われ、また新規企業が参入してきて、いざ競争しなければならない状況になったとしても、もはや戦える体質ではなくなってしまいます。こうした観点にから、カルテルに代表される反競争的行為を摘発・排除していくのが競争政策(我が国では、独占禁止政策と呼ばれることもあります)です。
さて、この競争政策という分野は、上に紹介した諸政策分野とは、若干異なっておりまして、競争を確保するための行政活動も非常に協力的な関係にある点で特徴的だったりします。すなわち反競争的行為の摘発に関して、各国の利害が衝突することが殆ど余りありません。衝突したとしても、その背景となる行政上の手続きをすぐにharmonize(協調化)もしくはconverge(収斂化)させてきたという歴史を持っています。 なぜ競争政策においては、各国当局は同じ方向を向いているのか。それは、上記に述べた「競争の価値」に共通の信頼をおいており、「消費者を欺くカルテルは悪」という強い信念を持っているからだ、といえると思います。また、近年の企業活動は実にグローバルでして、このグローバリゼーションの進行により、国際カルテル、国際市場分割等といった反競争的行為もまたグローバルに行われるようになったことから、これらの行為に対しては、各国の競争政策当局は互いに連携して立ち向かわなければならないという実務上の要請からだ、ともいえます。
その協調関係の現れとしては、国際カルテルを摘発するために日米欧の企業に対して世界同時立入検査(早朝に始めることから「暁の急襲」dawn raidとも呼ばれます。)を行うことや摘発のための審査活動における技術や最新の情報交換を行う会合を定期的に開催していることなどが挙げられます。また、OECDといった国際機関においても競争部会が設けられ、そうした場所を通じて、競争法制の協調化・収斂化を図る為に検討も繰り返されています。
さらには、競争法がまだ施行されていない国々に対しては、既に一定の経験がある国の競争当局から人材が派遣され、当該未施行国における競争法施行のために、立法段階から貢献し、その後の技術支援も行っていることなども挙げられます。そして当局同士というレベルだけではなく、パーソナルなレベルでも、競争当局職員同士は連携を厭わないという文化があるように思います。
また傍論になりますが特徴的な点として挙げられるのが、競争当局格付けというものがあります。これは英国のGlobal Competition Review社(http://www.globalcompetitionreview.com)によるもので、世界各国の競争当局の執行状況等が毎年格付けされています。競争当局同士も切磋琢磨、互いに競争しているといえるでしょうか。
「ICPO(インターポール)の銭形だ」というフレーズの響きに聞き覚えがある方もいらっしゃるかと思います。将来、「世界競争政策機構 International Competition Policy
Organization」なるものが設立されることは大いに予想されるでしょう。
グローバルに行われる違反行為を摘発するために、世界をまたにかけて活躍する「銭形警部」が誕生する日も近いかもしれません。
(文中の意見は、全て個人のものです。)
(nabil@aurora.ocn.ne.jp)
