―ロンドン同時テロ事件が英国の対テロ戦争に与える影響―
高橋伸太郎(ヨーク大学社会政策学部社会政策専攻)
ロンドン同時テロ事件の被害規模
2005年7月7日、ロンドンで四件の爆破事件がほぼ同時に発生し、死者数50名以上、負傷者700名以上の犠牲がでた。捜査当局者のコメントによると、地下鉄内に20名以上が残され、生存が絶望視されていることから、犠牲者はさらに増える可能性が高い。
今回の爆破事件は、朝の通勤時間帯で混雑する、三つの地下鉄車両とバス車両一つが標的となった。地下鉄での爆破は8時50分前後にほぼ同時に発生し時限爆弾が使用された可能性が高い。また、一時間遅れで起こったバスでの爆破は、二階部分をほぼ吹き飛ばすほどの被害が起こった。
犠牲者数や被害状況について情報が錯綜したが、市民の対応は冷静で、行政機関による対応も迅速に行われ、大きなパニックは起こらなかった。
虚をつかれたロンドン同時テロ事件
2001年9月11日の米国同時テロ事件以降、対テロ戦争において英国は米国と共に主導的な役割を果してきたが、これまで大きなテロ事件はおきていなかった。そのため、警備当局関係者の間でも今回のテロ事件への衝撃が広がっている。
事件が発生する前日、ロンドンでの2012年五輪開催の決定や、G8サミットに参加する各国首脳に貧困撲滅を呼びかける「ライブ8」の最終コンサートがエジンバラであり、英国全体が歓喜に沸いていた。
また、事件当日、ブレア首相はG8サミットの議長を務めるためグレンイーグルズ、ロンドンのリビングストン市長はオリンピック誘致活動のためシンガポールに滞在し、中央政府と首都の行政機構の最高責任者がロンドンを不在にしている状態であった。
こうした状況下において、今回のテロ事件は警備当局の隙を突いてきた可能性が考えられ、ブレア首相もまったく虚を突かれたものだったことを事実上認めている。
対テロ戦争とロンドン同時テロ事件
事件発生後、ブレア首相は今回の事件がサミットの正式開幕に合わせたテロであることを断定する声明を発表した。また、各国首脳による共同声明では、テロは「野蛮な攻撃」であると非難し、「テロリスト達は、成功しない」と、テロに対して断固戦う姿勢を強調した。
この姿勢は、米国同時テロ事件後、英国は米国と同盟し対テロ戦争を継続してきた流れにそったものといえる。すでにブレア首相は、今回のテロ事件を解決するために陣頭指揮をとることを表明し、英国内での支持率も上がり始めている。しかし、今回のテロ事件が、英国がイラク戦争に参戦したことへの報復であれば、 イラク戦争をめぐるブレア首相の姿勢に再び非難が集まる可能性もある。
現時点で犯行グループはまだ特定されていないが、「欧州の聖戦アルカイダ組織」と「アブハフス・アルマスリ旅団の欧州組織」と名乗る組織が犯行声明を出している。「欧州の聖戦アルカイダ秘密組織」はこれまで知られていない組織だが、「アブハフス・アルマスリ旅団の欧州組織」はアルカイダと深い関係がある組織として知られ、マドリッドのテロ事件でも犯行声明を出している。また、ロンドン警視庁も、今回の犯行はアルカイダの特徴があるという見解を発表しており、犯行グループがアルカイダ系の組織であるという見方が強まっている。
すでに、米当局者は、ヨルダン人テロリストのザルカウィ容疑者が、アルカイダを率いるビンラディンの指示を受けて、欧州攻撃を行った疑いもあるとコメントしているが、一部の軍事専門家によると、犯行レベルは技術的にも組織的にも高いものではなく、犯行グループはアルカイダの本体よりも、それに同調した系列小組織であるという見解もでている。
英国内におけるテロリスト対策
米国同時テロ事件後、英国政府は新しい対テロ法を制定した。これにより、テロの計画に関与した疑いのある人物は、裁判を経ないで拘束できるになった。しかし、同法は人権上問題があると非難が強まり、今年の三月に同法を改正して、裁判抜きの拘束をやめ、自宅軟禁や通信制限にとどめることした。
また、新しい対テロ法により、英国の対テロ法の対象となる団体が、IRAなど北部アイルランド関連の過激派組織だけでなく、アルカイダなどイスラム系過激派組織も含まれるようになったが、このことがイスラム系住民への差別や偏見を助長する危険性があるという指摘もある。
対テロ法の立法活動と並行して、英国政府は監視カメラの設置やIDカードの導入計画もすすめてきたが、いずれの政策も人権侵害だとして強い反対が起こっていた。
今回のテロ事件を受けて、テロ対策が強化される可能性が高いが、人権問題とのバランスについても慎重に考える必要性があり、今後の議論にも波紋が広がりそうである。
対テロ戦争の同盟国に与える影響
今回のテロ事件は英国国内だけでなく、対テロ戦争の同盟諸国にも影響が広まっている。
また、これまで日本政府は米英と同盟して対テロ戦争を戦う姿勢を鮮明にし、イラクへも自衛隊の派遣を行った。特に、これまで大規模なテロ事件が起こっていなかったロンドンが標的にされたことにより、次に東京が狙われる可能性も現実味を帯びている。
イラク戦争への参戦を決めたとき、ブレア首相は、イラクはテロリストの巣窟であり、テロへの勝利こそが英国への安定にもつながると国民に呼びかけた。しかし、今回のロンドンの同時テロが、イラク戦争への報復措置であるのなら、テロとの戦い方を再考すべきだということを示唆している。
テロは非人道的行為であり撲滅されるべきものだが、対テロ戦争を進めることで自国民の安全を危険にさらすようであれば本末転倒である。テロ事件から数日が経ち、ロンドンの都市機能は回復しつつあるが、今度は10日にバーミンガムでテロ危険情報があり市民数万人が避難した。
こうした状況下において、英国及びその同盟国に求められることは、対テロ戦争の戦略の再構築である。ブレア首相の言葉を借りると、対テロ戦争の理念は民主主義の擁護と自国民の安全確保、その使命はテロリズムの撲滅となる。ならば、実体のつかめないアルカイダなどのイスラム過激派組織を対象に戦線を拡大し続 けることは、憎悪の連鎖を拡大し、アルカイダの同調者をさらに増やす可能性もあり、戦略として得策とはいえない。最終的にテロリズムに真の勝利をするので あれば、 現状の対テロ戦争から撤退することも選択肢である。
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*プロフィール:ヨーク大学社会政策学部社会政策専攻、ヤングライオンズ共同幹事。主に関心のある領域は、公共政策、起業家精神、情報技術政策、文化政策など。
