コンテンツ競争と著作権交渉

2005年09月09日 00:00 : Comments (1) : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

伊佐進一(文部科学省職員)


「著作権」は、国際舞台において、様々な問題と関連しあい、また関連させて取り上げられることが多いため、非常に広範な領域に影響を与える分野である。経済問題としてみれば、映画や音楽といったコンテンツ産業のあり方を左右するものであり、また文化問題として取り上げれば、文化の多様性を保障するもの、新たな文化の創作を生み出すシステムの議論となる。また南北格差問題と結びつき、富の再配分ならぬ、知識や智慧の再配分といった観点から議論がなされることもある。
こうして、切り口によって異なる「著作権」という事象において、今後わが国は、どのような側面を強調して進むべきなのか、経済と文化と言う二つの観点から分析してみたい。

第一の側面は、経済問題としての「著作権」である。国際経済の戦場はもはや、資源や鉱工業品といった「目に見える」財から、「目に見えない」知的財産という財に移っている。

米国の輸出における分野別第一位は、自動車産業や鉄鋼産業ではない。米国の貿易収支を支えているのは、ハリウッドやタイム・ワーナー社を要する著作権(コンテンツ)産業なのである。これは、80年代、日本経済の急成長、米国経済の国際競争力の低下、膨らむ貿易赤字に危機感を抱いた米国が、「ヤング・レポート」と呼ばれる報告書によって経済の軸足を知的財産に移行した結果であった。このレポートを境に、米国は、国際経済の舞台における知的財産重視の外交を展開し始める。

そのひとつの結実が、自由貿易を推進するWTOという場に、「TRIPs協定」という知的財産の枠組みを位置付けたことである。全てのWTO加盟国は、「米国の知的財産制度以上でも以下でもない」と米国が標榜するTRIPsを遵守することが義務付けられている。


第二の側面は、文化問題としての「著作権」である。著作権は、ソフトパワーの源泉でもある。ソフトパワーとしての文化力は、千人・万人の外交官にも匹敵すると言われており、その文化の創出を促進する装置として考えられたのが「著作権」であった。

著作権に関する国際的な取り決めが成立したのは1886年、ヴィクトル・ユゴーらの運動により、「文化的な資産を国家間の政治的な問題などとは関係なく、手を取り合って守っていく」ために作り上げられた枠組みであった。本来なら、誰もが自由に触れ利用できるはずの文化を、一定の期間、独占権を与えて見返りを約束することによって、新たな創作を刺激する、これが「著作権」の本来の趣旨といわれている。つまり、文化の興隆こそが、「著作権」制度の目指すべきものであるとの根拠である。


国際交渉において、経済的側面を重視するのであれ、文化的側面を重視するのであれ、自国に有利な環境を相手国に要求し、あるいは自国が有利となる国際的ルールの構築を目指すという点においては、両者の変わりはない。しかし、日本が国際会議においてどのような主張を行うかは、どちらの立場をとるかによって異なる場合がある。

例えば、自由貿易の観点においては、取引の財としての「文化」の移動は自由であるべきであるが、文化の観点からは、無制限な「文化」の流通は、マイノリティーの「文化」を消し去ってしまう恐れがある。
また、米国が世界に広めようとする100年単位の著作権の保護期間は、コンテンツ産業の発展には大いに役立つであろうが、既存の著作物を長期間にわたって自由に利用できないことによる創造への制限は、文化的側面からみて好ましくない。

自由貿易という経済理念とのこの衝突は、文化に限った話ではなく、教育の自由化、医療の自由化、人の移動の自由化など、様々な国際的課題において取り立たされる。それぞれの課題において、両者の最適なバランスを実現する必要があるが、「最適」の価値観は各国によっても異なっている。


わが国の著作権制度を見れば、その軸足はこれまで、文化的側面にあったことがわかる。著作権法第1条においては、「文化の発展に寄与する」ことを法の目的に定めている。また、世界の大多数の国において、特許、商標といった産業財産権を所管する官庁か、あるいは経済政策官庁が著作権を所管しているにもかかわらず、日本と韓国のみが、文化を所管する官庁が著作権を担当している。

こうした、文化的側面重視の我が国の著作権制度も、近年、その軸足を経済的側面に移しつつある。これは、常に定量的な効果を求める財政サイドの要求もあろうが、こうした国内への説明責任からくる傾向だけではなく、外交の世界においても、経済的側面を強調する方が、コンセンサスが得られやすいという現実があるからであろう。


日本がWTOやWIPO(世界知的所有権機関)などのマルチの交渉の場において政策判断が求められる際に、何を判断の軸にすえるかが非常に重要である。WTO的な経済理念が大きな影響力を持つようになった国際社会において、経済の軸にのりきってしまうのではなく、マジョリティーとは異なる価値観から独自の外交を展開することは、非常に意味がある。


それは、我が国独自の外交を展開していくという視点のみならず、国際社会において、価値観の多様性を実現していくという役割を自らに課すとの意味も込められている。国際的に優位な価値観へのアンチテーゼの投げかけ、マルチ外交の場における価値観の多様性の追求など、日本が新たな外交戦略を展開していけば、冷戦後の世界地図を大きく塗り替えることができるであろう。

*東京大学工学部航空宇宙工学科卒(1997 年)後、科学技術庁入庁。科学技術政策や、原子力の危
機管理等に携る。2003 年、ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)において、中国研究及び国際経済の修士号を取得。帰国後、文部科学省国際課専門官として、知的財産分野(主に著作権分野)の自由貿易協定の交渉や世界知的所有権機関(WIPO)における条約交渉に携った後、現在に至る。著書に、『JapaneseCopyright Law』(Max Planck Institute,2005)、寄稿としては、「日米における著作権制度比較」(月刊『コピライト』2004 年10 月)、『中国における著作権制度の最近の動向』(同誌2004 年7 月)、「伝統的文化表現の保護とこれから」(同誌2004 年5 月)などがある。


DC@Young-Lions:ワシントンDC、日本を中心とした政策関連分野を専門とする若手プロフェッショナル及び大学院生、大学生のネットワーク組織で、2001 年7月に結成(会員数約200 名)。活動は、各種政策系セミナー、交流会の企画・運営、海外キャリア情報の提供、HP等を通じた政策アイデアの発信等。現在はワシントンDC、フィラデルフィア、東京に拠点を置き活動中。現在、ボードメンバーによる、政策空間へのリレー投稿を実施中。
URL: http://www.younglions.jp/