「集団的自衛権」の持つ危険性

2006年03月10日 00:00 : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

◎堀井 義正(参議院議員藤末健三事務所 政策スタッフ)

「個別的自衛権」と「集団的自衛権」の違い
 昨今、テレビや新聞などで少しずつ取り上げられるようになっている憲法改正問題。この話題になると決まって出てくる「集団的自衛権」という言葉。これを簡単に説明すると、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利をいい、国家は、国際法上その保有が認められていると解されている。国連憲章51条では、個別的自衛権のほか、集団的自衛権も、各国の「固有の権利」として定められている。その法的性質については、@他国に対する武力攻撃は自国の実体的権利の侵害を意味し、これに対する個別的自衛権の共同行使であると解する見解と、A平和・安全に関する一般的利益に基づき武力攻撃を受けた他国を援助する措置であると解する見解とがある。この点に関し、我が国政府は、「我が国は集団的自衛権を有してはいるが、その行使は自衛のための必要最小限度を超えるものであって認められない」との見解を述べている。(注1)
これに対し、「個別的自衛権」とは、外国からの急迫又は現実の違法な侵害に対して、自国を防衛するために必要な一定の実力を行使する権利であって、その発動に当たっては、@防衛行動以外に手段がなく、そのような防衛行動をとることがやむを得ないという「必要性の要件」、A外国から加えられた侵害が急迫不正であるという「違法性の要件」、B自衛権の発動としてとられた措置が加えられた侵害を排除するのに必要な限度のもので釣り合いがとれていなければならないという「均衡性の要件」の3つが必要とされる。
 国連憲章51条では、上記のような意味での自衛権が「固有の権利(inherent right)」として国家に認められていますが、これは、自衛権を超実定法的な国家の自然権とみなすものではなく、国際慣習法の範囲内での基本権能ととらえるものであると考えられている。また、その発動の要件については、「武力攻撃が発生した場合(if an armed attack occurs)」と規定されるとともに、自衛権の発動は安保理が必要な措置をとるまでの間に限定されること、自衛権の行使に当たって講じた措置について安保理に報告すること等の一定の制約が設けられている。
 日本政府は、個別的自衛権について、「憲法第9条第1項は、独立国家に固有の自衛権までも否定する趣旨のものではなく、自衛のための必要最小限度の武力を行使することは認められている」(注2) としており、集団的自衛権は「保有しているが、行使は出来ない」 (注3)という解釈をとっている。

「集団的自衛権」を認めるな
 そもそも集団的自衛権が国際社会で認められるようになったのは、1945年の国際連合憲章においてである。憲章51条による規定で、国連加盟国には、武力攻撃が発生した場合、安全保障理事会が必要な措置をとるまでの間、個別的自衛権または集団的自衛権を行使できるとしている。
 しかし、私は集団的自衛権の確立は将来の戦争に繋がる危険性があると考えており、国際紛争の解決のために武力による連携をとる必要はないと考えている。それは、特に日本の場合、安全保障同盟を締結しているアメリカとの集団的自衛権を認めてしまうということは、アメリカの戦争に日本も参戦する可能性を生み出すことになるからである。第二次大戦後に起きた朝鮮戦争・ベトナム戦争・湾岸戦争・イラク戦争といった大規模な戦争にアメリカはことごとく参戦している(下表)。このことを考えても、今後アメリカが戦争を起こす可能性は否定できない。その時に、集団的自衛権を認めていると、日本はアメリカとともに戦争に荷担しなくてはならなくなる可能性が出てくるのである。
 また、わが国の領域内での攻撃行為は、たとえ在日米軍に対する攻撃であっても、イコールわが国への攻撃であるため、個別的自衛権で対処できるのである。したがって、わが国が集団的自衛権を行使するということは、わが国が国外で戦うことを意味している。現実には、米国が起こした戦争に参加するためにこの権利が使われる可能性が高く、集団的自衛権の行使を認めることとなるような憲法第9条を改正することは、必要性も全くないし、むしろ危険でもあると考えられる。

アメリカとの集団的自衛権の危険性
 「9条は、日本を防衛する米軍の存在とセットで意味をなすように作られている」との意見がある。また、わが国の安全保障はアメリカ抜きではできないため、アメリカと連携するには、改憲が必要であるとも言われる。しかしながら、わが国の防衛費(注4)は年間約五兆円もあり、また、20万人以上の自衛隊員がおり、「自衛」といった観点からは、それほど米軍との連携を重視する必要はないと考える。
 また、日本に駐留する米軍は、日本を防衛するために存在するのでなく、極東を活動範囲にしていることを忘れてはならない。アメリカとの連携を強化することは、アメリカとともに日本が極東における緊張を強める可能性も大いにありえる。

 さらに、アメリカが巨大な軍事支出に耐え切れなくなり、世界の治安維持(国際貢献)のために、日本にも相当の負担を求めているという現状があるのは事実であり、実際、2004年7月にはアーミテージ国務副長官が、当時憲法9条の改正を示唆した発言をしたことがある。(注5)
 今回、アメリカの支援の意味合いが強いと思われる「イラクへの自衛隊派遣」については、約33%の国民が派遣に反対している。(注6)私は、恒久法である国連平和維持活動(PKO)協力法の枠組みの中での武力によらないアメリカへの協力は可能であると考える。
 また、日本が軍事力を強化しすぎることについては、アジアの近隣諸国だけでなく、アメリカ内でも危険視する意見がある。(注7)

 アメリカとの関係は、軍事面だけでなく、経済、投資、情報、文化といった様々な面からどう構築するか全体像を考えた上で長期的に行う必要性があるのではないだろうか。
(info@fujisue.net)

(注1)昭56.5.29 政府答弁書
(注2)1980年12月5日 政府答弁書
(注3)1972年10月14日 参議院決算委員会提出資料
(注4)2004年度各国国防費(防衛庁編『平成16年版 日本の防衛 −防衛白書−』) (単位:億円)
    アメリカ:460,864、日本: 48,764、中国:27,302.6、ロシア: 15,995
(注5)2004年7月21日 中川秀直自民党国対委員長らとの会談での発言
(注6)2004年6月23日 東京新聞
(注7)2004年2月22日 朝日新聞、同年8月17日 東京新聞


(表)第2次世界大戦後のアメリカの係わった武力紛争(筆者作成)

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*中央大学卒。参議院議員藤末健三事務所勤務。主に憲法関係、教育政策を担当。