首長優位は幻想か
2006年06月10日 00:00 : Comments (1) : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

◎笠本広太郎(フリーライター)

「議会対策がすべて」という事実

「知事」「市長」といった首長への関心は依然として高い。国会議員出身の首長もここ10年ほどで続々と誕生している。住民の直接投票で選ばれた強い権限を持つ事実上の「大統領」だから、国会議員よりも独自色を出せ、多くの政策を実現できるというのが主な理由であろう。住民の支持を得た首長がリーダーシップを発揮し、旧態依然とした議会と真っ向から対立するという、首長サイドに偏った“イメージ”も、マスコミを通じて国民の間に広く流布している。

しかし、首長にとって現実はそれほど甘くない。自治体経営は、首長以上に議会の判断や意向が重要になるという「目立たない事実」に気づく必要がある。確かに、現在の地方自治制度では、予算編成権をはじめ、緊急でやむをえない場合に議会に代わって首長が自治体の決定を下す専決処分、議会の議決に対して再度の審議を求めることが可能な再議権など、首長は強い権限を有している(1)。だが、日本の地方自治制度は首長と議員をそれぞれ直接選挙で選ぶ「二元代表制」で、大統領制の構造を基本としながらも、議院内閣制の要素も数多く組み込まれており(2)、議会には不信任決議や百条委員会の設置など首長を監視し、対抗できる手段も用意されている(3)。議会の「総与党化」(4)が叫ばれ、議会の形骸化が指摘されて久しいが、ひとたび議会が予算を否決すれば、首長は新規事業に着手することができず、身動きが取れなくなり、行政は機能不全に陥る。首長がリーダーシップを発揮して独自の政策を実現するためには、議会との良好な関係が不可欠で「議会対策こそがすべて」という厳しい事実にはあまり目が向けられていない。以下、東京都武蔵野市、小金井市の最近の実例を基に、首長と議会の関係を考察する。

予算を「人質」に取られて公約を撤回

3月30日、武蔵野市議会は平成18年度の当初予算案を賛成少数で否決し、4、5月分の暫定予算が組まれた。

市議会の過半数を占める自民、公明などの「反市長派」が、市長の政策や政治姿勢に強く反発したのが当初予算案否決の最大の理由だ。とりわけ、「反市長派」は、市長が提案していたJR中央線武蔵境駅南口の大型公共施設の縮小計画案を激しく批判し、同案の白紙撤回を強硬に迫っていた(当初予算案には縮小計画案を進めるための経費が盛り込まれていた)。

現在の市長は昨年10月の市長選で「大型公共施設の見直し」を公約に掲げ、「大事なことは市民と決める」と主張して、民主、共産、生活者ネットなどの支持を得て初当選した。

市長は公約を議会に否定された格好で、市長の動きに大きな注目が集まったが、最終的に市民の支持を得た公約よりも、一刻も早く予算を成立させることを優先。市長は縮小計画案の撤回を決断し、五月下旬には「反市長派」の賛成を得て、議会の要求を受け入れた予算が成立した。「大事なことは市民と決める」との主張は、「大事なことは議会と決めなければならない」という現実の前にかすんでしまったのだった。

議会側には議会独自の修正予算案を提出して可決するという選択肢もあったが、仮に市長が再議権を行使すればこの修正案は、過半数ではなく3分の2以上の可決が必要となるため成立は難しい(武蔵野市議会の反市長派は3分の2には達していない)。その場合、修正案は廃案となり、再度当初予算案の採決が行われるが、議会の過半数が当初予算案を拒否しているため、これも成立する可能性は極めて低い。以上を総合して、首長と議会は暫定予算を組むという「落とし所」を見つけたのである。

首長の最終手段で、拒否権とも呼ばれる再議権を行使しても、少数与党の首長である限り、首長は予算においては独自色を出そうにも出せない。議院内閣制の要素がふんだんに盛り込まれている現在の地方自治法上では、議会対策の失敗は首長が政策を実現する上で致命的となる。

果てしなく続く首長と議会の対立

首長は自分を常に支持してくれる安定した与党が欲しい。首長選挙と議員選挙が同時期に行われるのであれば、首長と議員は一体となって与党を形成するための選挙戦を展開でき、有権者は首長と議員の“色合い”を見定めて投票できる。一方で首長選挙と議員選挙が同時期に行われない場合は、有権者の投票傾向が時流の影響で変化してしまう可能性が高い。このため、首長と議員を選ぶ際の有権者の判断基準にずれが生じる。 

ある自治体幹部は「首長選挙はどうしても人気投票的な側面があり、議会の多数派が推す候補が逆に敬遠される場合もある。一方、議員選挙は人気投票というよりも個人の利害関係や付き合い(筆者注・「あの議員さんはお得意さんだから」等)が重視されがち。議会運営、行政経営の観点からみれば、選挙は首長と議員が一体となって行うのがベスト」と指摘する。平成16年の小金井市の例をみると、首長がいかに議会の前に無力であるかがわかる。市議会の過半数を占める反市長派議員が、駅前再開発計画関連費を盛り込んだ予算案に一貫して反対し続けていたため、予算案は三度にわたって否決され、その都度暫定予算が組まれたほか、市長も再議権を三度も発動するなどして対抗。不信任決議が出れば市長は議会の解散に踏み切ることも可能だったが、不信任決議は出なかったため、市長は自ら「民意を問う」として辞職。出直しの再選挙を行うという“裏技”で再選を果たし、「市民の信託」を武器に議会を説得しようと試みた。しかし、議会の態度はそれでも変わらず、結局17年4月の市議選挙で、市長派の議員が過半数を占めるまで、小金井市長と議会の対立は続いたのだった。

議員の力は実に強大である。仮に民意を反映した首長が再選したとしても、議員にとっての民意は自身に対する「目に見える」票だったりする。首長が背負う「民意」を認めないことを批判する向きもあるが、二元代表制という現在の地方自治制度の前提を考えれば、直接投票で選ばれた議員には議員なりの論理や主張があるのは当然で、小金井市議会の判断は基本的に非難されるべきではない。ただ、首長と議会の隔たりや対立が自治体運営に深刻な影響を与えることは間違いなく、首長選び以上に議員選びが大事だといえるだろう。

議員選挙を「低く」見るな

市民の満足度や意識が高く、財政的にも問題のない自治体は、総じて首長と議会が良好な関係を築いているが、これは逆に「議会の形骸化」との批判もある。また首長と議会が“制度設計上”、対立・牽制しあうように位置づけられているが、しばしば不毛な政争に流れやすく、民意を反映しない場合も多い。現在の地方自治制度は、戦前の自治制度の上に、連合国総司令部(GHQ)の意向でアメリカ型の直接請求システムが反映されたため(5)、大統領制と議員内閣制の折衷型となっている。これが首長の権限強化をもたらしたとの指摘もあり(6)、制度・組織構造の抜本的改革は検討の余地があるだろう。しかし、制度・組織構造の改革は、例えば首長と議会の関係を議院内閣制型に変えるのは、首長の直接投票に慣れた国民が納得しないだろうし、アメリカのように厳密に立法府と行政府を分離して、立法機能を議会に収斂させるのが極めて難しいことを考えれば、現実的妥当性に欠ける(7)。

となると、現行のシステムが続く限り、首長選挙はもちろん、議員選挙も重要といえる。議員選挙を首長選挙より“低く”みてはいけないし、首長を代えれば行政が変わるわけでもない。自治体の二元代表制の矛盾や歪みも確かに大きな問題だが、まずは現行の制度の枠内で、有権者が努力をするのが先決だと思う。有権者には4年に1度の議員選挙でこそ、賢明かつ正確な判断を下してもらいたい。
(kasagentaruu@hotmail.co.jp)

(1)、(3)、(5)
寄本勝美編著「公共を支える民」(コモンズ、2001年)参照
(2)、(4)、(6)、(7)
松下圭一、西尾勝、新藤宗幸編「自治体の構想―機構」(岩波書店、2002年)参照

*1976年、大阪市出身。早稲田大学卒業後、出版社勤務を経て2000年からフリー。自治体、選挙、暴力団、警察・司法界への取材を続けている。