政策決定過程への当事者のエンパワメント ―スキーマの視点から―
2006年10月10日 00:00 : Comments (0) : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

◎河村真千子(DCヤングライオンズ 共同幹事)

はじめに

基本的人権や公民権といった一般市民に保障されている権利が、充分に考慮されてきているとはいえない主体として、障がい者 を挙げることができる。障がい者は、社会的弱者として福祉やサービスの対象となることによって社会参加を果たしてきた。政治主体は、そうした福祉やサービスの向上を充実させることを施策としてきた。しかし、障がい者が真の社会参加を実現するためには、障がい者が自ら公共システムに関与し福祉やサービスの政策を決定する主体として社会参加することも重要である。近年、当事者性や当事者のエンパワメントが強化される傾向にあるが、なぜ政策決定過程に当事者性が重要であるかということをスキーマの視点から考察する。

スキーマとは

スキーマとは、記憶に蓄えられた物、事象や行為についての一般化された知識、あるいは事象や行為の関係について作り上げられた一般的な知識である(Augaustions & Walker, 1995; 西田, 2000)。例えば、次の例文で考えてみる。

彼は乗車すると直ぐに優先席に座った。バスはゆっくりと発車したが、なぜかエンジンの音がおかしかった。

この文章を読んだほとんどの人が、「彼」は老人もしくは障がい者であると想像するであろう。優先席とは「老人、障がい者、妊婦のために優先された座席である」ということを知っているからである。エンジンの音という表現は、「バスのエンジンの音」であると想像するであろう。バスは「エンジンのある乗り物である」という知識をもっているからである。このように全体像を理解するための知識、いわゆる「常識」とよばれる知識がスキーマである。

スキーマの違いからくる障害・非障害の相異

スキーマには過去の経験や反応を組織化された集合体とする静的側面と、感性的経験の一つ一つによって経験を受けながら絶えず発達しているという動的側面がある(佐々木, 1992)。スキーマの獲得されていない情報を処理する場合、スキーマのデフォルト値が補われるスキーマ推進型と、情報自体のデータに依存することによりスキーマを通さずに処理するデータ推進型という情報処理方法がある(Fiske & Taylor, 1984)。スキーマ推進型は、情報が曖昧ではないがあまり重要ではない場合に、自動的ないし無意識に用いられる比較的浅い情報処理方法である。一方のデータ推進型は、正確さに対する強い動機づけがある場合により注意力と努力を要する情報処理方法である(Fiske & Neuberg, 1990)。例えば、何も見ないでケーキの絵を描いてくださいと言われたとき、ケーキとして典型的にありそうな「苺」という一般情報がデフォルト値として与えられ、その結果「苺のショートケーキ」の絵を描くのがスキーマ推進型の処理方法である。

そこで、先の例文をもう一度考えてみる。「彼」は「車椅子に乗った障がい者」であり、「エンジンの音」は、「彼の電動車椅子のエンジンの音」であると考えることはできないだろうか。「座る」という行動は、非障がい者にとっては「腰を下ろす」ということが常識であるが、車椅子に乗った障がい者にとっては「その場所につく」ということが知識、すなわち常識である。さらには、非障がい者にとって「エンジンのある乗り物」はバスであることを想像することに対し、車椅子に乗った障がい者は、車椅子にもエンジンがあることが常識としての知識となりうる。

障がい者と非障がい者の間には記憶に蓄えられた物、事象や行為についての一般化された知識の相違が生じる。つまりスキーマが異なる可能性があるということである。それゆえに障がい者にとって常識でありスキーマ推進型で処理される内容が、非障がい者にとっては理解するために努力を要するデータ推進型によって処理されるという相違が生じるということである。またその逆も生じるということである。

スキーマの作用による人間の社会的行動

スキーマは物事の理解の基盤を提供し、省略されている記述の情報にデフォルト値を代入して情報を補うが、スキーマ推進型からデータ推進型へと移行することが明らかとなっている(Fiske & Neuberg, 1990)。スキーマが物事や対象を理解するためのカテゴリーとして使用されることにより、活性化されているカテゴリー内容とそれ以外の特徴との対応がなされ、カテゴリー内容に一致しないものがなければここで処理が終了し、スキーマ推進型の方法がとられることとなる。しかし、さらなる情報処理が必要だと判断した場合や新たな入力情報が活性化されているカテゴリーに一致しない場合に、別カテゴリーやサブカテゴリーを作成することにより詳細なスキーマ推進型の方法によって処理される。さらには、特定のカテゴリーに当てはめることがどうしてもできない時に属性を一つずつ処理していくデータ処理型をとるということである。このことは、人間関係の構築過程を考えるとよくわかる。

ある人物についての情報を処理する際に、人間関係の初期段階では年齢、職業、性別といった社会的ステレオタイプの区分に分類するだけのスキーマ推進型の処理が用いられることが多い。例えば、田中さんは中年の男性教師である。鈴木さんは社長であるということである。その人との人間関係が進み相手に対する関心度が高まるに従いより正確なデータが欲しいという動機づけができる。そこでより詳細なデータを得ることにより、相手についての情報を処理するデータ推進型が用いられるようになると考えられる。例えば、田中さんはサッカーを趣味としており明るい活発な人である。鈴木さんはとても料理が上手であるという具合である。

スキーマは、いったん形成されると周囲の人々とのコミュニケーションやさまざまな状況を理解することを可能とする。すなわち人間が社会的な行動をとるために作用しているのがスキーマであり、スキーマによって人間の社会的行動が可能になると言える。

なぜ障がい者が公共システムに主体的に関わることが重要であるのか

スキーマは新たな情報が入力されると、既存の知識を働かせることによって理解しようとする。また、既存の知識を働かせることによって理解が容易になり促進される。しかし既存の知識に同化させようとし、情報の理解に歪みがもたらされることもある。すなわち、非障がい者によって障がい者の政策が決定されるということは、障がい者の常識や理解との間に相違や歪みが生ずる可能性があるということである。また、人はスキーマによって人間の社会的行動が可能となる。当事者である障がい者が自身の関わる政策について、自らのスキーマに従い主体的にその決定に参加できる体制がなければ、障がい者が社会的行動を行なっていると言うことはできない。障がい者の真の社会参加を実現したことにはならないであろう。

[注]本投稿論文では人物を表す場合は「障がい者」、それ以外は「障害」と表記する。また、「健常者」「非障害者」という表記をさけ、「非障がい者」という表記する。

参考文献
・Augaustions, M., & Walker, I.(1995)Social cognition: An integrated introduction. London: Sage.
・Fiske, S. T. & Neuberg, S. L. (1990) A continuum of impression formation from category-based to individuating processes: Influences of information and motivation on attention and interpretation. In M. P. Zanna (Ed.), Advances in experimental social psychology (Vol. 23), New York: Academic Press.
・Fiske, S. T. & Taylor, S. E. (1984) Social cognition, Reading, MA:Addison-Wesley.
・西田ひろ子(2000)『人間の行動原理に基づいた異文化間コミュニケーション』創元社。
・佐々木正人(1992)「表象とパフォーマンス」安西祐一郎・石崎俊・大津由紀雄・波多野誼余夫・溝口文雄編『認知科学ハンドブック』共立出版。