戦前の日本のパフォーミングアーツ(ダンス)に関する文化政策と文化統制
2007年02月10日 00:00 : Comments (0) : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

◎吉田悠樹彦(舞踊批評家)

パフォーミングアーツ、文化政策・統制、そしてダンス

近年、パフォーミングアーツの領域では、戦前の文化政策・文化統制とパフォーミングアーツを分析することが行われている。近年では、宝塚歌劇団や日劇ダンシングチームといったショーやエンターテイメント、そして国民音楽、国民演劇などの研究が個々のジャンルで進んでいる。

しかし同じパフォーミングアーツの中でもダンスに関する研究はこれまで行われてこなかった。そこで、私は音楽や演劇の先行研究を参照しながらダンスに関する戦前の文化統制について、年表と組織図をまとめた。当時、国や産業と実演家の人間関係は様々なジャンルで接点が見られ、複雑な人間関係の図式化もはじめている。戦前の日本の芸術に関する文化政策の全貌を捉えるにあたって領域横断的に研究者同志が連携をしあうべく動き出している。

アジアに眠る資料たちとネットワーク構築

さらにアジア各地に忘れられた、ないしは埋もれた資料が数多く散在している。日本には近代化の過程で輸入をされなかった「アーカイヴ」の文化がごく近年までなかったが、中国文化圏にはアーカイヴにあたる文化が古の昔からあった。そこで日本で失われた記録がアジアで見つかることがあり、アジア近代史の中で脚光を浴びている。

そこでインターネットを利用してアジアの研究者達とアジア環太平洋におけるダンスに関する文化政策に関する資料リストを共同制作するプロジェクトをスタートさせた。広くパフォーミングアーツ全般を対象に参加者を集っている。ホームページは以下の通り。

Archive/Database: Publication and Material list for Cultural Control and Policy on Dance in Asia-Pacific Region( http://www.dance-streaming.jp/postcolonialdance-db.html)

このプロジェクトと重なるメンバーで2006年冬に台湾で「Dancing under the Rising Sun: The Influences of Japanese Colonialism on Dance in the Asia-Pacific Region」という国際会議が開かれた。私はゲストとして招かれ招待公演を行った。私がこの国際会議で具体的に論じたのは、未だに細かいデータが整理をされていない戦時下の日本の慰問公演や当時を知る人々の語る情報である。さらにダンスは一方では娯楽と関係が深いため植民地主義の下での舞踊文化も含めると戦時下におけるダンスと政策は大きな射程を持っているといえる。

さらにその背景には日本人が非言語であるメディアとしてのダンスをいかに活用したのかという問題も介在する。例えば、「戦前、ダンスは台本がないことから検閲にかかりにくため、興行主たちはダンスを好んで上演した」と舞踊批評家の山野博大は指摘する。日本人は言葉による政治には敏感であり、非言語のメディアに対しては慣用であるという興味身深い特質をこのことは示している。また戦前の植民地では台本を使わないで内容を伝達できることからダンスを利用して大東亜共栄圏の構想を伝達しようという動きもあった。文化政策の研究は日本人の国民性や忘れられた記憶ともつながっているのである。

共同プロジェクト参加者募集

これから国内外のアジア研究、日本研究、政策研究のグループで研究発表を行い共同プロジェクトを行っていく。関心がある方は是非連絡をして欲しい。