◎塚原正浩(気象庁 職員)
気象庁の測候所は、平成21年度までに原則として廃止されるが、これに伴い、地域密着型の気象解説機能や災害時の即応性の低下が懸念されている[1]。さらに、財政再建、市町村合併等に伴う自治体の業務再編が進めば、気象庁の予報・警報(全国約370細分)に比して、これを地域の産業・防災向けの付加価値情報に加工する機能の密度が低下することは避けられない。
また、産業においては、生産・出荷・施工日程の管理、設備の設計・運営、移動体の運行支援等のための気象情報の利用が進み、その拡大も期待されてはいるが、これら経営管理を目的とする気象情報に対する需要は、対象とする現象・地域、付加される情報、伝達方法等において極度に多様化したものとなる性質をもつ。
しかし気象庁は、限られた予算と人的資源を防災気象情報の高度化や国家間の気象ステイタス競争[2]に対応するための技術開発及び体制整備に集中せざるをえず、地方における公的機能の不足や産業における需要の多様化から生じる気象情報・付加価値情報の需給ギャップへの対応に注力しうる状況にはない。
現在、こうした需供ギャップの縮小は、予報業務許可事業者を中心とする民間気象事業者の役割だとされており[3]、気象庁は、観測資料、解析資料、天気図、数値予報資料等の業務用気象資料を配信に供して、これを支援している。
とはいえ、人口の少ない地域や特定の業務・企業向けの気象情報・付加価値情報については、コストの回収、現地における調査・観測の継続等の難しさから、殊に大規模な民間気象事業者による充分な供給は期待しにくい。
こうした領域における需給ギャップは、商工会、農業団体、個人等が兼業・ボランティア的に行うものを含む地域密着型の小規模・簡易・安価な気象情報サービスや、企業の経営管理の一環としての気象情報の自製の普及によらなければ解消をみないであろう。
しかし、その素材たる業務用気象資料を即時的に入手するには、所定の配信契約手続及び初期費用が必要であり、さらに、最低限の気象解説に用いる府県天気予報・警報電文の完全版と天気図だけでも月10万円超、全国規模の予報を行うならば月80万円以上の負担を要する等、専門の民間気象事業者が一定規模以上のサービスの素材として利用する以外の形態にとっては、利用性が良いとはいえない状況にある[4]。
変化が大きく顕著現象も多い気候のわが国では、気象が経済・社会活動に及ぼす影響(米国でも経済の1/7程度といわれる)は、普遍的かつ大きなものである。よって、業務用気象資料の利用は、専門の民間気象事業者の利便に偏することなく、また、気象庁の重点施策(防災、交通安全等)との関係の有無に関わらず、あらゆる経済・社会活動に用いられうる社会資本の供給という枠組において促進されるのが本来の姿である。対外的にも、国際的公共財たる気象資料の利用性の良さは、わが国のソフトパワーを示す指標のひとつとしての意味を持つ。
また、ブロードバンドの普及、パソコンのハード・ソフト両面における低価格・高性能化等により、個人や零細企業でも専門の民間気象事業者に迫る質の情報処理が可能になりつつある現在、国の気象情報の一部を殊更に「業務用」気象資料として、特別な利用条件・利用方法の下に置く政策はもはや無意味である。
そこで、国の生成した気象資料を、国内外のあらゆる経済・社会活動において適時かつ平等に――租税以外の負担を極力負わせず、また特別な手続、設備等を要することなく――利用できる国家情報資源として公衆に開放(解放?)する政策への転換が必要となる[5]。
現行の業務用気象資料の料金体系は、配信制度が作られた平成5年ごろの状況を前提としている。当時の技術と通信環境では、各受信者まで専用回線を開設し、各々に対する配信設定の管理に人手を要するPUSH型の通信方式をとるしかなかったことから、その業務負担を負う公益法人が設立され、これを前提とした契約手続及び料金体系が維持されてきたのである。
しかし現在では、警報、緊急地震速報等の即時的なPUSH型配信を行わなければ価値を失うものを除き、殊に定時に更新される気象資料については、一般的なインターネット技術と通信回線とを用いた(Webサイト閲覧等と同様の)PULL型のサービスによっても、必要な転送量と通信速度を確保できるようになっている。
PULL型による気象資料の提供は、現用の防災気象情報提供システムや平成19年度に完成する気象庁自身の通信システムとの技術的共通性が高く、部外提供のための追加的な業務負担もほとんど要しないため、気象庁自らが主体となった、確実な民主的統制の下での国の気象情報の無償開放を可能にする。また、民間委託により多数のミラーリングサーバを設けることで、冗長性や各委託先の創意による発展性を持たせやすい等、運用上の利点も多い。
インターネットを利用した気象資料の開放にあたっては、従来の提供方式と同等以上の利用性が保証されなければならない。例えば現在、気象庁の船舶向け天気図は、無線ファックス放送及び専用Webサイト(http://www.jma.go.jp/jmh/jmhmenu.html)により提供されているが、前者が公開の周波数と通信方式により自由に傍受できる一方、後者は一般向けWebサイトからリンクされておらず、Google、Yahoo!等による検索を技術的に回避する等、自由な利用を旨として運用されているとはいい難い。こうした格差は、その経緯の如何を問わず一掃されることになる。
また、専門の民間気象事業者でなくとも迅速かつ効率的に利用できる様式の気象資料、例えば、地理情報との合成が容易な(一般気象業務ではまず使わない)メルカトル図法のアジア・極東天気図といったものが提供されてもよい。
この開放は、現行の気象業務法が定める気象庁の責務(基本的な気象情報の公衆への周知)、に他ならないから、その開始にあたっては、新たな立法措置を必要としない[6]。すなわち、気象庁は既存の民主的統制に従うのみであり、ゆえに早期の実施を望みやすい。
現行の制度は、予報業務許可制度と気象予報士制度による二重の品質保証を行い、さらに警報事項の伝達の努力義務を課すことで、事実上、民間気象事業を国の予報・警報システムに組み込んでいる。しかし、国の気象資料が開放されれば、民間気象事業者とその他の者の間の非対称性が縮小するから、民間気象事業者及びその技術者に対する評価を、顧客や第三者機関といった民間の手に委ねられる可能性がある。また、開放に伴う気象資料の利用形態の多様化が、各種コンテンツ事業者の参入等による気象情報伝達ルートの多様化をもたらせば、民間気象事業者を国の警報伝達システムに組み込まれた特別な存在としておく意義も薄れていくであろう。
この機序を誤って、現在の政策枠組の中での「民間気象事業の」規制緩和に拘泥したり、「(気象情報を)全て無償で使わせるのではなく、[…]国の行政機関としての制約を離れて提供の仕方を工夫する方がよい[7]」との言説に従ったりするならば、それは現状の問題点の追認・助長でしかなく、「改革」の外見だけを取り繕った政治的な点数稼ぎとの謗りを免れえない。
脚注
[1]このため、自治体が気象庁OBを採用する例(長野県飯田市)もみられるが、一般的ではない。
[2]国際機関における主導権争いのほか、近年は、中国が自国の気象衛星用の画像受信装置を周辺諸国に無償供与する等、周辺地域への影響力拡大の一環として気象業務を利用する動きもある。
[3]気象審議会答申第18号(平成4年)等
[4]齋藤弘幸「気象産業の形成と課題」(平成18年)、気象庁産業気象課「産業気象レポート'99 民間気象事業の現状と課題」(平成12年)等
[5]国家情報資源政策については、OMB Circular No. A-130(Section 8~9及びAppendix IV)及びJack Kelly “Opportunities for 21st Century Meteorology: New Markets for Weather, Water, and Climate Information”(2001)が参考になる。
[6]寺前秀一「気象政策学序説」(平成14/18年)は、国の気象情報の取扱い原則及びインターネットの活用について立法措置が必要だとする。
[7]行政減量・効率化有識者会議(第8回)議事概要(平成18年)
