◎吉川由紀枝(ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院ライシャワーセンター ビジティングリサーチアソシエイト)
日米中間の小さな緊張の連続
2007年1月12日、中国が衛星攻撃兵器実験に成功し、日米等が中国を批判し、物議をかもした。2007年1月9日、日本の防衛庁が防衛省に「省」格し、中国が日本の軍事大国化の一環として批判した。2006年12月29日中国は「2006年国防白書」を発表し、日米同盟の強化、日本の憲法改正動向に対し強い警戒心を露にした。
このように最近日米、中国が互いに小さな緊張のタネをまき、相手を刺激している。他にも、上海協力機構(SCO)が強化され、中国は2005年にロシアと、2006年にタジキスタンと共同軍事演習を実施し、今年にもSCO加盟国との共同軍事演習を予定している。また、中国はパキスタン、ミャンマーに海軍基地を建設し、タイ、バングラディッシュ、カンボジアといったシーレーン沿岸国との関係強化を図っている。また、中国の国防費も増加傾向にあり、日本の防衛白書も中国の軍事力強化に警戒を促している。
一方、日本では2006年に憲法改正への第一歩である国民投票法案が国会に提出され、自民党は今年の憲法記念日までに成立させようとしている。ミサイル防衛ではアメリカとの協力強化を図り、防衛費全体が減少している中、2007年度のミサイル防衛予算が1800億円に増額された。(日米のミサイル防衛は中国の通常兵器をも防御できる想定のため、中国は強い警戒心を抱いている)また、在日米軍については、沖縄からグアムへ海兵隊約8千人が移転される予定で、台湾への距離が遠くなるものの、キャンプ座間に第I軍団司令部が新たに配備され、韓国のように一概に兵力削減というわけにはいかない。
日米中の不信スパイラル
こうした日米中間で互いを刺激するような行為が相次いでいるのはなぜか。以下、日米中の不信スパイラルという構造で解き明かしたい。
中国にいわせれば、日米同盟という日本とアメリカの組み合わせは、その存在の大きさからして十分警戒するに値する。しかも、この二ヶ国の対中政策がしっかり定まっていない。日本は中国とも協調関係を築きたいと思うが、アメリカが反対すれば軌道修正を余儀なくされると推測される。また、アメリカは中国と経済面で接近しているが、完全に不信感が拭えたわけでもないので、状況次第でどう転ぶか分からない。
警戒すべき隣人がどう行動するか分からない場合、中国としては戦略上選択肢の幅を広げるべく(日米との関係が悪い場合を想定して)、自国の軍事力強化に余念はないし、ロシア等SCO諸国と緊密な関係を構築する。エネルギー確保がアキレス腱の中国としては独自でシーレーンを守るべくシーレーン諸国とも関係強化し、中国にとってシーレーンへの出口である南シナ海での軍事プレゼンスを確保しようと躍起になる。
しかし、こうした行為は日米を警戒させる。日本としては、自国の軍事力強化か同盟国関係強化という選択肢があるが、前者は他のアジア諸国への配慮からあまり望ましいものではない。(しかし、全くこの選択肢が排除されるわけではない)そのため、同盟国アメリカとの関係強化を選択する傾向になり、アメリカへの依存度が高まる。
一方、アメリカとしても、中国の行為は警戒に値する。確かに、貿易量は2005年で約2800億ドルと、日本(約1900億ドル)を抜き去っているし、閣僚クラスの高官は何度も訪中している。しかし、対中貿易赤字も日本の二倍以上の約2000億ドルにもなり、貿易摩擦問題が浮上し、米議会は中国の軍事力レポートの提出を国防総省に義務付けている。また、民主主義という価値観を共有していないこと等から中国は友好国としての「与信審査」を通過していない。
その結果、アメリカの対中政策も政権によって大きくぶれ、同政権においてもアメリカから中国へのメッセージは混沌としている。例えば、ブッシュJr.政権は発足当初クリントン時代の政策を頭から否定し、「戦略的競争相手」としていたが、9.11により中国の協力が必要となり、軟化した。
こうして、一貫した対中政策が日米から発せられず、中国としてはさらに選択肢の幅を広げるべく日米の神経を尖らせるような行為に出る。結果、日米中間で不信スパイラルができあがる。
日米中の不信スパイラルの危険性
この日米中の不信スパイラルはいつまで続くのだろうか。今のところこのスパイラルを打破する動きは見受けられない。ただ、三国とも大事に至らないように配慮しているので、今日明日事態が修復不能なまでに悪化することは考えにくいが、危険な方向に着実に向かっている。
しかも、三国に共通する、相手の理解不足が危険度をさらに増す。例えば、中国にとり(日本も多分にそうだろうが)、アメリカの政治構造は理解しにくい。中国国内の権力構造では、書記長が行政府、立法府、司法府を全て統括する国家元首であり、書記長と話がつけば物事は進む。そのため、中国は基本的にアメリカの国家元首である大統領が中国の書記長と同等の権力があるに違いないと想定し、大統領ばかりを相手にし、中国国内ではあまり重要ではない米議会を重視しなかった。
しかし、実際には大統領は行政府の長であり、議会は議会で大統領をチェック(監視)する機能を持ち、外交政策も例外ではない。基本的に異なる政党が行政府と立法府を押さえる(例えば大統領が共和党なら、議会は民主党が支配)ことでチェックアンドバランスを維持しているため、行政府対立法府ではどちらが必ず勝つというわけではなく、大統領と話をつけても議会が反対してその約束を覆すこともある。例えば、1995年李登輝への米国入国ビザ発給についてホワイトハウスは当初難色を示していたが、台湾による米議会への熱烈なロビー活動の結果発給せざるを得なかった。この苦い経験を教訓にして中国側も米議会へのロビー活動の必要性を認識し、巻き返しを図っている最中である。
そして、アメリカが宇宙空間を実質上独占し、その軍事的優位性を宇宙空間の利用に基礎をおいているため、今回の中国による衛星攻撃兵器実験は、アメリカに敵対するものとして、おそらく中国の想定以上にアメリカの不信感を募らせた。そのため、中国は驚いたのであろう。2月14日に中国国防部長は衛星攻撃兵器実験を今後行わないと異例の声明を発表した。こうして、三国が互いのルビコン河がどこか知らないままに、不信スパイラルは紡がれていく。
日米中の不信スパイラルを打破するのは日本?
この不信スパイラル打破の鍵は、日米が対中政策を固め、日米中間で確固とした友好関係を樹立することにある。しかし、泥沼化したイラク状況によりアメリカでは今後孤立主義が蔓延することが想定され、アジアへの関与に消極的になり、アメリカによるイニシアチブは期待できない。そこで中国の高まる軍事力を身近に感じ、他のアジア諸国が中国になびく中唯一の盟友、アメリカがアジアから離れれば孤立する日本が行動せざるを得ないと考えられる。
但し、注意点は日米間で対中政策に関して緊密な連携を取る必要があることだ。中国は日米を引き離す離反の計を行っている上、日中があまりに緊密になれば対日不信感も浮上する可能性がある。日米間で対中政策に関する定期的に高レベルの討議が必要だろう。
今こそ日本が対中政策を真剣に考えるべき、正念場である。
