日本の宇宙開発利用の今後―日米90年合意について―
2007年05月14日 00:00 : Comments (0) : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

◎伊佐進一(文部科学省 職員/DC@Young-Lions 共同幹事)

近年、日本の宇宙開発利用の分野において、与党が中心となって検討を行い、議員立法により宇宙基本法を制定しようとする動きがある。

主な論点として、まずは「宇宙の平和利用」解釈の見直しが上げられる。昭和44年の宇宙開発事業団法案の審議の際の国会決議において、「宇宙の平和利用」の原則が示され、その解釈として「非軍事」である旨が示されている。この解釈について、宇宙条約(正式名称は「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約」1967年は発効)に規定される平和利用原則の解釈が、多く国際的に「非侵略」と解されることもあり、今後の我が国の宇宙開発利用のあり方として、「非軍事」から「非侵略」へと解釈の変更が必要ではないかとの議論である。その他、宇宙基本法の骨子案においては、研究開発が中心的な役割を担っていたこれまでの宇宙開発利用から、加えて宇宙の利用・産業化を活発化させていくための産業振興措置などを検討することや、関係省庁の縦割り打破のため、内閣官房に宇宙の総合司令塔となる宇宙戦略本部(本部長は内閣総理大臣、副本部長は内閣官房長官及び宇宙開発担当大臣)を設置することなどが盛り込まれている。

我が国の宇宙開発利用の基本方針となる宇宙基本法については、今後の国会における議論を待ちたいと思うが、本稿においてはその焦点の一つとなるであろう日米90年合意について、文部科学省の見解とは離れて、個人的な見解を述べていきたい。

1990年6月に日米両国政府において合意された「非研究開発衛星に関する調達手続」(以下、90年合意)は、宇宙開発利用における最も典型的な貿易問題となっている。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた80年代、日本経済の伸長を脅威とし、コンピュータや自動車等の多くの産業分野で、日米の貿易摩擦が生じていた。宇宙開発利用についても同様で、我が国の衛星市場への参入を目的とした米国の衛星メーカの圧力により、日米交渉の結果、政府関連機関が調達する通信、放送、気象衛星等の非研究開発衛星(いわゆる、実利用衛星)については、国際公開入札を行うこととなった。軍事技術をベースにした欧米諸国の宇宙開発利用に対して、平和目的・民生利用で推し進めてきた我が国の宇宙開発利用が、遅れて芽を出し始めたときに、厳しい国際的な競争にさらされることとなってしまった。民間の試算によれば、90年合意以前の通信・放送衛星等の実利用衛星については、気象庁の気象衛星「ひまわり」、NHKのBS衛星シリーズ、NTTによるCSシリーズなど、総額2000億円以上が国内企業から調達されていたが、90年合意以降の政府調達については、1機を除いて全て海外の衛星メーカが受注している。結果、信頼性が最も重要である宇宙開発利用の分野において、我が国の宇宙関連メーカは実利用衛星の実績を積み重ねることができなかった。

こうした、我が国の宇宙産業に対する90年合意の影響については、異論をさしはさむ余地は無いが、もっと根本的な影響については、宇宙関係者の間でも、意外と認識されていない。我が国の技術安全保障への影響である。

90年合意においては、我が国政府は毎年、研究開発衛星の開発計画を含む「宇宙開発計画」を官報告示することが義務付けられており、さらにその区分に疑義が生じた場合、米国政府は日本に協議を開始することができることとなっている。つまり、安全保障に資するもの等を除き、この「宇宙開発計画」に掲載していないものは全て国際公開入札であり、官報掲載により国際入札が免除された研究開発衛星についても、米国からの「発意」によって協議が開始される。その過程においては、協議に必要な衛星のスペックなどは、我が国から米国に提供されることとなるため、極論すれば、米国は我が国の衛星について、その詳細までも常に知りうる立場にある。また、我が国の宇宙開発計画に対して、大きな影響力を及ぼすことが可能となっている。事実、90年合意以前に予算認可済みであったCS-4衛星については、米国協議によりNTTのN-STAR及び当時宇宙開発事業団(NASDA)のCOMETSに分割され、非研究開発衛星とされたN-STARは海外メーカに落札された。また、進行中であったBS-4計画は頓挫することとなった。さらに、2002年に打ち上げられた衛星間通信を行うデータ中継技術衛星「こだま」についても、非研究開発衛星に区分されるべきとする米国側の主張により、最終的には研究開発衛星と整理されたものの、その協議の過程において、衛星の詳細なスペックを米国に知らしめる結果となった。

90年合意は、我が国の衛星開発シナリオや衛星開発技術情報の流出といった懸念にとどまらず、研究開発衛星計画の設計そのものにも影響を及ぼしている。一口に研究開発衛星といっても、惑星探査や天文観測衛星など、最先端の新規研究要素のかたまりである宇宙科学分野の衛星もあれば、将来の実用化を目指す研究開発衛星、また同じ型の衛星をシリーズ化して打ち上げることによって研究開発の目的を達成するような災害監視観測衛星や測位衛星といった実用衛星に近いものまで、さまざまである。研究開発機関としては、90年合意を気にするあまり、「非研究開発」と指摘される可能性のある部品やセンサーをできるだけ少なくした設計へとシフトし、必要以上に新規性を追及してしまう。将来の実用化のためには、新規開発要素が少なく、同じ部品やスペックの衛星を繰り返し打ち上げることにより実績を蓄積するという信頼性の向上が最も重要であるにもかかわらず、リスクの高い新規要素を多く含んだ衛星設計とせざるを得ない。また衛星のシリーズ化についても、同じ型式を採用してしまえば、必然的に新規開発要素が少なくなり「非研究開発衛星」として日米協議が始まる可能性が排除できないため、躊躇してしまうのが現状である。

WTOでの交渉や、二国間の経済連携協定の進展を見るまでも無く、市場はよりオープンで透明性の高いルールを求めている。安全保障と密接に関わる宇宙開発利用という特殊性ゆえに、完全に自由な市場環境に宇宙産業をあずけるわけにはいかないが、自由貿易の流れに逆行した、特定の産業保護を指向した政策は理解されにくい。この問題を産業育成という観点で捉えるなら、本質を見えなくしてしまう。技術安全保障の観点を十分に考慮したうえで、バブル時代の日本経済脅威論を背景に日米間によって取り交わされた90年合意を堅持していくかどうかについて、議論されるべきである。