自治体シンクタンクのその後―あれからそれから自治体シンクタンクはどうなった?―

2007年07月16日 00:00 : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

◎牧瀬稔(財団法人地域開発研究所研究部研究員)

自治体シンクタンクの現状
筆者は、かつて『政策空間』の中で「自治体シンクタンク」ついて寄稿した。また当事者による自治体シンクタンクの政策分析や提言があった(例えばVol.3、5、6、7、10、11等)。それから数年が経過した。そこで、再度、『政策空間』において「自治体シンクタンク」と「その後」について考えていきたい。

今日においても、自治体シンクタンクは相次いで誕生している。例えば2007年4月には、「中野区政策研究機構」(中野区)や「せたがや自治政策研究所」(世田谷区)が設置された。また日本海側で初の政令指定都市となった新潟市には「新潟市都市政策研究所」が登場している。また現在でも新宿区や茨木市をはじめ、いくつかの自治体が自治体シンクタンクの設置を検討している。

一方で、縮小・廃止した自治体シンクタンクもある。例えば仙台市が運営していた「仙台都市総合研究機構」は2007年3月末で廃止されている。また豊中市の「豊中市政研究所」は市の内部組織となった。
このように自治体シンクタンクを概観すると、「新たに設置する自治体があれば、廃止する自治体もある」というのが現状である。特に昨今では、毎年、1、2の自治体シンクタンクが廃止されることにより、自治体シンクタンクの「限界論」や「失敗論」が声高にマスコミを中心に叫ばれる。しかし、これは間違った指摘であると思う。

なぜならば、自治体シンクタンクの設置の動きは、2000年前後から活発化してきたのであり、たった7、8年で結論を導出しようとするのは時期尚早と考えられるからである。もう少し大局的な視点から、自治体シンクタンクを観察しなくてはいけない。

また、確かに、ここ最近は例年、1、2の自治体シンクタンクが縮小・廃止される傾向が強いが、それ以上の自治体シンクタンクが誕生している事実もある。このことから、自治体シンクタンクは組織である限り限界を持っているが、それ以上の可能性も持っていると指摘できる。

現在の自治体シンクタンクを概観すると、正直なところ、自治体シンクタンクは「模索しながら、自らのモデルを形成している過程にある」と言える。

「自治体シンクタンク」シリーズのはじまり
先に指摘した「中野区政策研究機構」や「せたがや自治政策研究所」などは、自治体の一組織として設置される「自治体内設置型」の自治体シンクタンクである。昨今では、この形態を採用する自治体シンクタンクが多い。なお自治体シンクタンクには、「財団法人型」や「第3セクター型」などの形態がある(詳しくは次の文献を参照のこと。金安岩男・横須賀市都市政策研究所編(2003)『自治体の政策形成とその実践』ぎょうせい)。

さて、これから『政策空間』の紙面を借りて、何回かに分けて、自治体シンクタンクを考察(解剖)していくことにする。そのコンテンツは4つに分けられる。第1に、近年、誕生をみた自治体シンクタンクを取り上げる。新しく動き出した自治体シンクタンクについて、当事者の視点から論じてもらう。
第2に、自治体シンクタンクの設置を目指している自治体を取り上げる。これも設置のために動いている当事者か、あるいは自治体シンクタンクの提案者に執筆してもらう。

第3に、自治体シンクタンクを客観的に捉えている第三者から、自治体シンクタンクの意義や役割について論じてもらう。具体的には研究者や実務家に執筆してもらうことを考えている。

そして第4に、既存の自治体シンクタンクの中から、第2ステージに入った自治体シンクタンクに焦点をあて、当事者か利害関係者に執筆してもらう。この連載が、どこまでつづくかわからないが、上記のコンテンツを想定して、自治体シンクタンクのシリーズを進めて行く。

自治体シンクタンクが設置される背景
筆者は『政策空間vol.5』において、自治体シンクタンクが設置される背景について言及した。今日では、様々な問題が自治体を襲っており、その問題を打開する一手段として自治体シンクタンクが求められていると理解できる。

近年、設置される自治体シンクタンクも様々な背景を伴って設置されている。その理由について、本稿では、紙幅の都合上、一つだけ記したい。それは「企画部門の制度疲労」である。

よく知られているが「会社の寿命は30年」という説明がある。これは「統計学上、起業され30年後に会社を経営している企業は実に5%にすぎない」というものである。これは1896年から1982年までの約100年間を10年間単位で10回、その時代のトップ企業100社を選び、その変遷を調査した結果から導き出された結論である(日経ビジネス(1984)『会社の寿命』日本経済新聞社)。これと同じようなことが、自治体の企画部門にも指摘できる。

今日、多くの自治体に設置されている企画部門は、1960年代後半に設置された歴史がある。田村明氏は「1960年代後半まで、自治体の組織はばらばらであり、総合的な対応力を欠いていた。そこで長期計画や総合計画などを担当する新しい組織として企画部門が誕生してきた」と指摘している(田村明(1983)『都市ヨコハマをつくる』中公新書)。

特に、その先駆的な例として、1968年に横浜市に設置された企画調整室があげられるとしている。この横浜市の企画調整室を契機として、全国の自治体に企画部門の設置が広がっていったと田村氏は指摘している。

なお、1969年には地方自治法が改正され、基本構想の議決が定められた。これが企画部門を全国の自治体に誕生させる一つの契機になっていると考えられる。

この@組織の機能の寿命は30年、A企画部門が誕生したのは1960年代後半、という2点だけを手がかりに結論づけるのは危険である。しかし議論の飛躍を覚悟でいうと、企画部門が設置され30年が経過した今日では、多くの自治体の企画部門は寿命を迎え、死に体の状態であると指摘できる。

そこで従来の企画部門に変わる新しい機関が求められると考えられ、その一手段が自治体シンクタンクと判断される。

ちなみに余談であるが、「企画部門が機能していないから、自治体シンクタンクを創る」という発想は危険である。

もし企画部門が機能していないのならば、自治体シンクタンクを創ることよりも、まずは企画部門が機能していない原因を突き止め、その改善・改良を図り、企画部門を機能させていくことが望ましい。そういうことをしないで、すぐに自治体シンクタンクを創ろうという発想はあまりにも貧困であり、自治体政策を進めるうえで本末転倒しているといわざるを得ない。

乞うご期待?これからしばらくは『政策空間』の紙面をかりて、自治体シンクタンクについて読者と共に考えていきたいと思う。「乞うご期待?」である。

なお筆者は、「全面的に自治体シンクタンクを肯定している」というわけではない。

今日、「自治体シンクタンクでなくては創れない」という政策はない。これは当たり前である。本来ならば、いわゆる企画部門が政策を創っていくことになる。企画部門がしっかりと機能している自治体は、自治体シンクタンクを設置する必要はないと思われる。

しかし昨今では、企画部門が様々な理由で機能しなくなっている。また様々なしがらみがあり、機能しなくなっている企画部門を機能させる状態にする(戻す)ことも難しい。そこで、「自治体シンクタンク」という、今までにない組織を、あえて自治体に創ることにより、自治体にイノベーションを導出することは可能である。その視点から、筆者は自治体シンクタンクに大きな可能性を感じている。
(mmakise[at]nifty.com)

*法政大学大学院博士課程修了。横須賀市都市政策研究所、(財)日本都市センターを経て現職。法政大学大学院政策科学研究科兼任講師、中野区政策研究機構上席研究員、新宿区政策形成アドバイザーなども兼ねる。