政策空間のブログ・ウォッチング(2)農業政策から見る、我が国の展望(上)(下)―喜多川正臣「農業2.0」より―

2007年07月16日 00:00 : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

◎政策空間編集部

「ブログ・ウォッチング」は、広い意味で公共政策に関連する内容の論文やコメントを掲載しているブログについて、原著者の了解を得て再掲・紹介するコラムです。

2001年11月にカタールのドーハで行われた第四回WTO閣僚会議で採択された多角的貿易交渉「ドーハ開発アジェンダ」、通称、「ドーハ・ラウンド」は、ウルグアイ・ラウンドの農業版とも言われ、農産物の関税撤廃・農家への補助金削除を実行することで貿易の自由化を促進し、発展途上国の開発経済に寄与するための国際的な貿易ルールの取り決めであった。

 しかし、その後、「ドーハ・ラウンド」の交渉は難航する。先進国と発展途上国の利害関係が一致せず、膠着状態を引き起こし、全会一致を原則とするWTOの難しさを浮き彫りにした。同時に、「農業政策」は先進国の政争の具とされ、例えば、2003年のカンクン閣僚会議では、一時的に妥協案の模索に各国が動いたものの、翌2004年に大統領選を控えたブッシュ政権が大票田となる南部地方の綿農家の支持基盤を確保するがために農家への補助金撤廃制度を打ち出せず、カンクン閣僚会議は失敗に終わる。2005年の香港閣僚会議でも妥協案が提示されなかった「ドーハ・ラウンド」はその後、一時的な交渉打ち切りとなり、交渉は危機的な状況を迎えたままとなっている。

 2001年に採択された「ドーハ・ラウンド」は言わば、グローバリゼーションの代表格であり、冷戦後の経済システムを映す鏡でもある。ヨーロッパにおいては、1952年の石炭鉄鋼共同体の発足から半世紀を過ぎたいま、2004年の旧共産国の参加があり、EUのその構成国は27か国となった。WTOの自由貿易制度を活用するEUの域内貿易率は、輸出が73.2%、輸入が70.3%と(※)、輸出入の四分の三近くを地域内でまかなうという、もはや経済システムは地域経済単位で動いていることを実証した。EUの台頭を恐れる米国は2025年に北中米の合計34か国で一つの自由貿易圏を作るというFTAA構想に着手している。

一方、アジアもグローバリゼーションの影響を受けてきた。1997年にタイ・バーツの暴落から始まった金融危機はフィリピン、マレーシアなどの周辺国に飛び火をし、もはや一国の経済事由は周辺他国に影響を及ぼすという経済システムのなかで、地域単位でその強化を行うのは必然的な取り組みであった。2000年に入り、金融危機からの復興を遂げたASEAN諸国と、中国経済の台頭は、2001年12月の中国のWTO加盟をもって、「ドーハ・ラウンド」で、多角的貿易交渉のフレームワークを構築することが急務となった。

 先進国と発展途上国が一つの経済システムで同居するのが「ドーハ・ラウンド」であり、地域経済単位で加速する自由貿易協定がその積み木となり、WTO成功の一里塚となる、これが2001年11月から世界各国が取り組んでいる国際経済の問題である。

冷戦後の経済システムの移行、「ドーハ・ラウンド」での多角的貿易ルールの構築において、我が国、日本が果たす役割は年々少なくなってきている。

1985年のプラザ合意が押し上げた日本の経済力は、FDI(海外直接投融資)を通じて、「東アジアの奇跡」と呼ばれた80年代後半から90年代前半にかけてのASEAN諸国の高い経済成長を支え、それが地域経済の工業化を促し、輸出立国にするための礎を作った。しかしながら、1997年に起きた東アジア金融危機、及び、日本経済のバブル崩壊がFDIを減少させ、地域経済内での影響力を、台頭する中国に奪われる形となった。

これら経済背景、社会システムの変化のなかで立ち上がった2001年のWTO「ドーハ・ラウンド」は今後の日本経済を占う大きな転換期となるはずであった。しかし、結果は違った。一つは国際経済がグローバル化するなか、地域経済が一つの経済単位として国際経済に影響を及ぼし始めたことである。「ドーハ・ラウンド」での多角的貿易の交渉難航は地域経済内の自由貿易協定締結の動きを加速させた。

しかし、ここでもアジア独特の問題が浮き彫りとなる。先進国と発展途上国が同居するWTOの「ドーハ・ラウンド」と同じく、「アジア」も先進国と発展途上国が同居するため、自由貿易協定締結の難航が、地域内の先進国、つまりは日本の「農業市場開放」問題に直接帰結することとなる。未だ「農業市場開放」のカードを切れない日本は、地域内での自由貿易協定網の構築に後れを取っている。

二つ目は、地域経済内で「農業市場開放」のカードを切れない日本は、WTOの「ドーハ・ラウンド」でも同様、「農業市場開放」のカードを切れないことである。2005年の香港閣僚会議以降、交渉打ち止めとなった「ドーハ・ラウンド」に対して危機感を募らせたEU、米国の先進国、ブラジル、インドの発展途上国は、双方、歩み寄りを見せ始め、2007年末の「ドーハ・ラウンド」の交渉合意を目標に、交渉再開のテーブルについている。

このままでは、日本を飛ばして、EU、米国、インド、ブラジルの「G4」が提示した農産物への関税撤廃・農家への補助金削除案を飲まざるを得ない状況である。そして、このG4が提示した妥協案をベースに、WTOからは第二回目の具体的な農業政策に関する具体的指針が5月25日に発表されている。

http://www.wto.org/english/tratop_e/agric_e/chair_texts07_e.htm

松岡農水大臣が自殺をした5月28日の日本経済新聞の社説は、奇しくも、「WTO農業交渉は先じて制すべし」と題された農業特集であった。

http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20070527AS1K2600326052007.html

以下、一部抜粋です。

貿易大国であるはずの日本はどうか。世界の自由貿易体制の強化を目指すWTOの流れに、ほとんど貢献できないでいる。農産品の市場開放を恐れるあまり、塹壕(ざんごう)にこもるような交渉の姿勢を続けている点に問題があるのは明らかだ。
日本の農業の生産性が国際的に低いのは事実である。だからといって守りだけで交渉を乗り切れるわけはない。経済グローバル化が世界の潮流である以上、農政改革を加速し、国内農業の競争力を強化するために最大限の努力をすることこそ、安倍晋三政権の優先課題である。ここに「戦略」の誤りはないか。

死人に鞭を打つようなことはしたくない。ただ、「政治とカネ」問題を最後まで守った松岡農水大臣は、同様、日本の農業市場を最後まで守り続けた。5月29日付、日本経済新聞5面に掲載されている「松岡氏はWTO交渉で大事なパートナーだったし、極めて有能な農相だった(甘利明経済産業省)」という評価は、国際的に見て残念ながら「ない」。

後任人事として、赤城徳彦氏の起用が発表された。農政のスペシャリストとの声があるが、いまの安倍政権に必要なのは農林水産省の代弁者ではなく、農業市場開放の舵取りをリーダーシップでもって実行し、「強い国内農業市場」を作り上げられる人物である。さもなければ、交渉合意に向け既にカウント・ダウンが始まっている「ドーハ・ラウンド」への失敗が待ち受け、更に、地域経済での主導権を中国に奪われた形で、我が国には悲観論が日増しに強くなっていくであろう。

ブログ解説
喜多川正臣氏は、弱冠28歳であるが、ニューヨーク大での国際関係学に関する研究生活を経て米国インターネット市場から日本の農業政策・市場動向までという幅広い分野の分析・予測検証作業を行っている気鋭のリサーチャーである。

米国インターネット市場動向を紹介するブログ「ジェット・ラグ」では、メディア産業におけるビジネスモデル分析などとともに米国大統領選挙におけるインターネット利用などについても詳細なレポートを行っている。
そして農業をテーマとする本ブログ「農業2.0」では、WTOにおける農業自由化交渉の分析、東アジア経済圏で加速するFTA網の進捗分析、そして、それらを受けて変化する日本の農業などについて読み応えのある解説を行っている。(編集部)

ジェットラグ http://blog.masaomi.jp/
農業2.0 http://agriculture.iza.ne.jp/blog/
連絡先:info[at]masaomi.jp