◎曽野田欣也(静岡県磐田市役所職員課 主査)
はじめに
行政需要の多様化・高度化に伴い、組織構造は簡素化の傾向にある。片や職員には多様な能力が要請されている。そのような環境の中で、個人の育成・評価・処遇において複数の枠組みを持ち、それぞれの枠組みごとにキャリア開発を行う複線型人事が脚光を浴びている。この制度は従来の単線的ライン処遇とは異なり、多様な育成・評価・処遇メニューを通して個人の能力を開発・育成し、その最大限の活用を図ろうとするものである。
本稿は、国における専門スタッフ職制の問題点を指摘した上で、専門職制の導入に関する国と自治体の背景事情の違いを明らかにするとともに、自治体における国とは異なる専門職制を核とする複線型人事制度の構築を提案するものである。
国における専門スタッフ職俸給表
平成19年人事院勧告により専門スタッフ職俸給表(以下、「専門職給料表」という。)の全貌が明らかになった。筆者は、本表が複線型人事制度の構築に向けた環境整備の根幹をなすものとして以前からその動向に注目をしていた。しかし、公表された同表の構造設計と運用は人件費抑制を主たる目的としたものとなっており、第166回国会内閣委員会で後藤田委員の質問に対して馬渕議員が回答した内容どおりのものになっている。
具体的には、専門スタッフ職調整手当の支給対象者は3級の一部のみであること。専門スタッフ職職員は俸給の特別調整額の支給対象外であること。2級、3級職員には超過勤務手当等は支給されないこと。また、専門職給料表の構造は級間でも単線昇給であり昇格基準が明確でないこと。そして、最高号俸は専門行政職俸給表のそれよりも若干低いことなどが挙げられる。専門職が育成され、組織内で顕在化していくに伴い、今後、級の増設がされる可能性はある。しかし、昇給に係る運用は勧告内容を読む限り抑制的な印象を受ける。このような給与水準のほか、専門職の役割や組織内での位置付けなどの制度設計しだいでは、優秀な職員は新たな専門職制に魅力を感じず、政府機関以外でのキャリアに魅力を感じ、その結果、外部へ人材が流出することが懸念される。したがって、国においても専門職制の構築に当たっては人材育成とその有効活用、そして、職員のキャリア開発といった思想を持って臨んでもらいたい。
なお、前述の専門スタッフ職調整手当の性格と他手当との関係は、勧告内容を読む限り明確ではない。こうした手当と専門職の組織上の位置付けとについて、今後人事院から出される関連規則において、自治体においても参考となる考えが示されることを期待する。
国とは異なる自治体の事情
国会での議論から、国では主にキャリア官僚の早期退職慣行による天下り問題の対策として、専門職制を検討してきたことが分かる。しかし、自治体の事情は異なる。自治体における専門職は、行政需要の多様化、高度化に対応するためにも必要なのである。これまで自治体では、専門性は「買う」「借りる」「(短期で)雇う」などといった臨時的手法で対応してきた。しかし、今後、自治体が定員削減を進め、少数精鋭を実現し、定型業務遂行集団から政策立案集団への転換を図っていく上でも、専門性の高い人材を自前で育成していく積極的な価値が認められる。自治体の人事担当者は、民間や国が導入しているからうちもやるということではなく、自治体組織のあるべき理想像を描き、それと現状とを比較して問題点を洗い出し、その理想を現実へと導くための一つの手法として複線型人事を捉えてもらいたいものである。
自治体における専門職給料表とその運用
自治体の給与制度は国公準拠が原則である。しかし、前述のとおり国と自治体とは制度導入に関する背景事情が異なるから国の専門職制をそのまま自治体に導入すべき必然性はない。自治体において専門職制を創設する上で肝要なのは、まずは専門職にも従来のジェネラリスト(以下、「総合職」という。)と同じ給与水準を制度として保障することである。
一般的に市町の給料表は国の8級までを準用しているから、国の専門職給料表をそのまま導入しても、昇給の運用しだいでは、給与水準による専門職のモラル低下等の問題は起こらない。また、独自の専門職給料表を設定する場合は、当該職員が専門職となる時点から総合職の同じ時点にある者が行政職給料表において最高級に到達する場合の昇給昇格と同様の運用が図れるよう配慮した設計をするべきである。しかし、必ずしも国のように別途専門職給料表を設定する必要はなく、専門職の昇給昇格の位置づけやルールを定義しておけば、専門職に現行の行政職給料表を適用することは可能である。
具体的には、専門職の昇格の扱いを規則等で定義し、昇格要件を設定した上で、上位の級の直近上位に昇給するか、あるいは、専門職にも昇格メリットが生じるよう昇格時号給対応表を適用して昇格させることもできる。専門職の補職名は、職務ごとに専門官としての新たな職名を作ることもできるが、現行でも部長、課長、係長といった各ポスト職に、それと同等の参与、参事、主査といった補職を設けているから、当該スタッフ職である補職名に専門職としての専門分野名等を冠して発令することができる。
昇任基準の明確化と専門職の定数
昇任には人事上いくつかの意味がある。代表的なものとしては、ポスト職の退職補充として下位の者から昇格者を出す場合とモチベーションの維持向上を図るため年功的に昇任させる場合が挙げられる。専門職制導入後は、総合職に対する後者の運用を廃止し、職務給の原則を徹底しなければならない。総合職の場合、異動を重ねて一定年数ごとに昇任されていく。しかし、年功的昇任には職責が曖昧になる弊害が見られるので、これを廃止し、在級年数以外の昇任要件のほか、各級の職責とそこに求められる職務能力を明確にしていくことが必要である。
専門職の昇任については、査読論文の提出を求めるなどして、専門職であることの認定基準に併せ、昇任に関しても具体的基準を設定するべきである。こうした基準が明確にされた上で専門職にも総合職における昇任と同様のstep upが存する制度を構築できるのが望ましい。
専門職の職務としては、部門別の政策スタッフ職や「情報統括責任者(CIO)」、「最高財務責任者(CFO)」などに位置付けられるもののほか、アウトソーシングした事業に関して市民現場と役所を結ぶものの必要性が想定される。こうした職務は、職名に拘らず明確なポストとし、専門職にも総合職にあるポスト数の制約と同じ定数枠を定めることが必要である。今後の自治体組織では、フラット化等に伴うポスト減による職員間の競争は必須である。そのような中で、専門職にもその定数を定め、競争を促すべきである。これにより、専門職は管理職としての適性に欠ける者が充てられるなどといった専門職に対するネガティブなイメージが払拭され、モチベーションとして積極的な専門職選択の道が開かれると考える。
人材育成の観点からみた複線型人事
これまでの人事管理は、総合職のための単線型の昇任管理が中心であった。短期間かつ広範囲な業務間の人事異動を通じての昇任管理の手法が自治体では定着している。今後は、これに代わる新たなキャリア開発、言い換えれば、新たなモチベーションとしての専門職制の構築のため、その人事サイクル、育成・評価方法、処遇などを考案して行かなければならない。
行財政改革で定員削減が厳しく求められる中、職員の少数精鋭化は必須である。人材は組織資源の中で最も可変的な要素である。これからの人事課の役割は、多様な人材を育成し、更にその利用効率を高めるため、その他の組織資本との有機的関連をもった制度を構築し、それを適正に運用しつつ、同時に随時それを見直す勇気を持ち続けることであろう。
なお、本稿は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を反映するものではない。
