◎明治大学商学部 千田亮吉研究会
現在日本では急激な勢いで少子・高齢化が進んでいる。合計特殊出生率は2005年には1.25 で過去最低となり、国立社会保障・人口問題研究所の将来人口推計によると、2100年にはわが国の総人口は現在の約半分まで減少すると予想されている。少子・高齢化が進むと、労働力人口が減少し、経済成長の制約となることが懸念されるため、新たな労働力を確保することが重要である。われわれは、新たな労働力として、女性の労働力に注目した。
女性の労働力率や有業率が出産や育児の時期に特に低下することについては、その折れ線グラフがアルファベットのM型であることからM字カーブと呼ばれている。他の先進国でも過去にM字カーブが見られたが、各国とも、様々な子育て支援と女性の多様な働き方を確立することでM字カーブを解消してきた。現在は、韓国と日本にM字カーブがみられる。われわれは、日本におけるM字カーブの窪み部分に該当する人々が働けるようになれば労働人口を増やすことができるのではないかと考え、M字カーブの窪み部分の25歳から34歳の女性がより働くようになるために、配偶者控除・特別控除制度に注目した。
配偶者控除は専業主婦の「内助の功」を評価し、また、一定の控除が認められる自営業世帯との税制上の差別をなくすことを目的として1961年に創設された。現在は、生計を一にする配偶者(控除対象配偶者)がいて、その課税対象所得金額が38万円以下の場合に適用され、控除額は38万円に固定されている。
配偶者特別控除は1987年に「収入の壁」をなくすために導入された。世帯主の課税対象所得金額が1,000万円以下で、控除対象配偶者の課税対象所得金額が76万円未満の場合、その金額に応じて控除金額が決定される。
女性の社会進出が増える中、現制度では配偶者の給与収入が0円から103万円以下を配偶者控除、103万円から141万円未満を配偶者特別控除の適用範囲として適用に上限を設けている。したがって控除適用範囲内に納めようと配偶者は収入を調整してしまい、十分に女性の労働力を活用できていない。この調整のことを“103万円の壁”という。われわれは、女性の就労を制限している配偶者控除・特別控除制度を廃止することによって女性の労働供給は増加すると考えた。
しかし、制度の廃止は増税に繋がるため、逆に就労意欲が下がることも予想される。坂田・McKenzie (2005) は2004 年からの配偶者特別控除の上乗せ部分の廃止のマイナス面を強調している。その問題点を解消するために、米国や英国などでも実施されている税額控除制度EITC(Earned Income Tax Credit)に注目した。
アメリカのEITCは、就労の有無に関わらず支援を行う税制及び社会保障制度が、労働市場における雇用に対して歪みを与え、特に低所得層の就労意欲を損なう方向に働いているという懸念への対策である。所得税及び社会保障税負担を軽減し低所得層への財政的支援を行うこと、就労意欲を促進して労働供給を増やすことを目的としている。
制度設計上、稼得所得を有することが要件であることから、控除を受け取るためには就労することが必要となる。逓増段階では稼得所得が増加するほど控除額が大きくなり、しかも還付方式であることから課税額を上回る控除額分をネットで還付されることになるので、就労することが経済的に有利になる。全体として女性は低賃金労働者であり、なかでも女性パートタイマーの賃金の低さが顕著であること、女性のパートタイマーが近年増えていることから、低所得者向け税額控除を導入することは女性のさらなる労働供給増加に繋がると考えられる。
以上を踏まえ、配偶者控除・特別控除制度とEITC導入による税引き後賃金上昇の影響に関する実証分析を行った。
配偶者控除・特別控除制度については、1995 年の配偶者控除の控除額上昇と、2003 年の配偶者特別控の上乗せ部分廃止による労働力率への影響を、時系列データ、パネルデータによる労働供給関数の推定を通じて分析した。その結果、1995 年の改正では大きな影響は見られなかったが、2003 年の改正では女性の労働供給に影響を与え、女性全体の労働供給を増加させることがわかった。特に、年齢階級別の時系列データによる推定結果ではM字カーブの窪み部分にあたる女性にとって、2003年の改正が労働供給の増加に繋がっていた。坂田・McKenzie(2005)によれば2004年からの配偶者特別控除の上乗せ部分の廃止は効果がみられなかったが、われわれの分析結果では女性の労働供給への影響がみられた。
税引き後賃金については、男女とも賃金が労働供給に影響しているという結果が得られた。影響の大きさはEissa and Hoynes(1998)、Dickert,Houser and Scholz(1995)、Meyer and Rosenbaum(1999)のとほぼ同じである。賃金が労働供給に与える影響はプラスもマイナスもありえるが、われわれの結果ではではプラスになっている。
低所得者向け税額控除導入による労働供給の変化については、推定された税引き後賃金の係数を用いて計測した。大半の女性が500万円未満の労働者であることを考慮し、日本の制度に沿う形でEITCについて仮定を設けたうえで計算すると男性で約12万人、女性で約38万人の労働供給が増加するという結果が得られた。
分析結果から、われわれは以下の政策を実施することが望ましいと考える。一つめは、「配偶者控除・特別控除制度の廃止」である。分析結果によると、配偶者特別控除の上乗せ部分の廃止によって、女性の労働力人口は増加している。したがって、配偶者控除・特別控除が女性の就労に制限を加えていることは明らかであり、両制度は廃止されるべきである。制度的、経済的拘束を無くした場合、女性は自由に就労することが可能となり働く意欲が高まってこれまで以上に働くようになると考えられる。特に、M字カーブの窪み部分にあたる年齢階級の女性にとって、両制度廃止の効果は大きい。
二つめは「低所得者向け税額控除の導入」である。分析結果から、男女ともに賃金と労働供給の間にはプラスの関係があることがわかった。さらに、男性よりも女性のほうが賃金に大きく反応していることが明らかになった。よって、一つめの政策提言である配偶控除・特別控除制度の廃止に伴う実質的な増税を緩和するためにも、減税策である新たな税額控除の導入が必要である。この税額控除はアメリカのEITCを参考に、低所得者のみに控除を適用する。税額控除は税引き後賃金の増加につながり、特に低所得者の多い女性の労働供給にプラスの影響を与える。
これら二つの政策によって女性の労働供給を増加させることをわれわれの政策提言とする。
参考文献
•坂田 圭、C. R. McKenzie(2005)「配偶者特別控除の廃止は有配偶女性の労働供給を促進したか」KUMQRP DISCUSSION PAPER SERIES DP 2005-020
•Dickert,Houser and Scholz(1995) “The Earned Income Tax Credit and Transfer Programs: A Study of Labor Market and Program Participation’” (in J. Poterba (ed.)) Tax Policy and the Economy ,Vol.9 MIT Press, 1995
•Eissa and Hoynes(1998)“The Earned Income Tax Credit and the Labor Supply of Married
•Couples,“ NBER Working Paper ,6856, Dec. 1998
•Meyer and Rosenbaum(1999) “Welfare, The Earned Income Tax Credit, and the Labor Supply of Single Mothers”NBER Working Paper, 7363, Sep. 1999
