「政治主導により本物の地域成長戦略を立案・実現する方策」

2010年10月26日 10:00 : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

大上二三雄(エム・アイ・コンサルティンググループ代表)
 
 明治維新で生まれた近代日本は、いわゆる1940年体制として国家社会主義的な中央集権システムの骨格が形成され、戦後GHQ占領下における一連の改革と資本の平等な再配分を経て完成したそのシステムを運営することにより、敗戦後の日本には世界でも稀な成功がもたらされた。しかし、冷戦の終結という終わりの始まりから、あらゆる意味で世界は転換期を迎え、高齢化と経済成長の停滞に悩む日本社会は、抜本的なシステム変革を迫られている。
 すべからく変化を牽引するのは需要者であり、社会体制という観点では需要者はすなわち地域である。また、機能しなくなった中央集権システムを変革するという観点からも、地域主導の実現が求められている。更には、供給者側の観点は新しいことへの取り組みより現状の改善に向う傾向が大きいため、各種政策の供給側に立つ公務員は、本質的に大規模な改革には不向きである。需要者側の代表として政治家の主導による、大規模な地域主権に向けた変革が必要であることは、もはや論をまたないであろう。
 ここでは、総合特区を始めとした新成長戦略の実現に向け講じられようとしている地域政策に関して、これまで私が実践経験の中で感じて来た課題を明らかにしたい。そのうえで、それを超える新しい仕組みの基本構造(アーキテクチャー)を設計し、政治家が強いリーダーシップを持って取り組むべき施策(=その実行に向けたステップ)を提言する。

 政権交代に伴い、霞が関の中央省庁には、まだモザイク模様ではあるが一定レベルの変化がもたらされている。しかし一歩東京から外に出ると、日本の国家システムは、旧来のまま殆んど何も変わっていない。中央と地方の関係では、自治体にいる中央省庁からの出向者や中央省庁への出向経験のある者が出身省庁とのインターフェースを担い、結果として俗人的な担当者により対応が大きく異なる状況を許している。最後に「国が国の予算でやる事だから」と言われてしまうと、地方における地方のための取り組みであっても、地方からはなかなかその中身に口出しが出来ない。地方と政治家の関係も、単に陳情先が自民党の議員から民主党の議員に代わっただけで、内容は殆んど何も変わっていない。従来からの習慣に従い、地方の選挙区で選出された議員も、地方からの陳情を聞くのは東京の議員会館である。そしてその結果、地方自体は全く変わっていない。

 このような状況を打破するために、政府には、幾つかの抜本的な変革に向けたアクションが求められている。

 先ずは更なる霞が関の改革である。具体的には、官邸のリーダーシップによる省庁横断的で一元的な政策を立案し、更なる予算の効率化と規制・制度改革を推進する。その為に政治家は、需要者である地方を代表して変革をけん引する存在でなければならない。地方と霞が関、及び国会議員間の新たな関係を構築し、地方の自立的な取り組みに向けた改革を推進しつつ政治家の力量向上を図り、真の政治主導を実現することが必要である。

 霞が関や政治家だけではなく、地方にも大きな変革が求められている。東京への一極集中が進んだ結果、地方には、現状の枠組みを変えなければ解決できない多くの構造的問題が存在している。
 先ずは人材の問題である。そもそも地方で生まれ育ったものの中で、やる気が有り能力の高い人間は、先ずは東京に出て行く比率が高い。そして地方に残る有能な人間は、次に役所や金融機関、電力や交通などの地域独占的企業に行く傾向が強い。結果として、挑戦志向(=変革者指向)のある人間が中央に行き、次に有能な人間が現状秩序の守護者として育っている。人材の偏りは経済成長率の差となり、中央と地方の経済力格差につながって来た。人材と経済の悪循環による格差問題は、人材により依存する第三次産業の比率が高まるにつれ拍車が掛かる傾向にある。
 次に、国の配分システムや総合開発政策が公共事業に頼る全国一律的なものであったことから、地方の景観や政策等が土建的体質の下に均質化し地方の独自性(=価値)を損なってきた問題がある。地方は、財源の多くを国からの交付に頼るため、予算時期を中心に首長や公務員が東京に足を運び、政治家及び霞が関の役人を訪問する陳情を繰り返している。結果として、中央が望むであろう政策を斟酌し自らの政策とすることを競い合う、「おねだり民主主義」が蔓延している現状がある。
 更には、公共事業において技術とアイディアを持ち提案が可能な企業の多くは中央の企業であり、地方の企業はその下請けに入ることで糧を得ている状況もまた、問題である。建設される施設に入るテナントは全国に広がる中央の企業であり、地方で上がった利益を吸い上げる。そして建設された鉄道・道路はより中央への集中を促進する。結果として人、モノ、金、情報は、より中央へ一極集中されていく。そのことが日本全体に更なる成長をもたらし、結果として配分することにより全員で分かち合う利益を生んでいった高度成長期はそれでも良かったが、実質的なゼロ成長が長期にわたり続く現状ではむしろ、一方的な搾取に近いと言える。

 これらの課題を解決し自律型国家システムへの道を開く事は、簡単ではないし一筋縄ではいかない。この難しい課題を解決するためには、まず前提となる枠組みとしての考え方(=パラダイム)を整理した上で、アーキテクチャーを設計することが必要である。
 一番目に挙げられるべきなのは、現場重視という考え方である。地方の現場における課題はその多くが経済活動や生活に密着したものであり、省庁縦割りではなく企業・生活者の横串で捉える事が必要である。変化の激しい中で合理的判断を行うためには、よりフラットな組織を作り、関係者全員が現場の臨場感を理解して各種意思決定を行うことが重要である。その為には、意思決定に関わる中央・地方の関係者が、頻繁に地方の現場において議論する仕組みを構築するとともに、権限や財源を権限委譲し、地方が独自の裁量で実施する範囲を大幅に拡大することが必要である。
 次に重要なのは、関係の対等性を確立することである。階層的な組織は変化を認識するのが遅く、変化が激しい時代には誤った判断をする。むしろ地方は現場の意思決定主体として、「地方がこれを実施するために、国はこういった協力をしてくれ」とはっきり要求することを可能ならしめるよう、国と地方の関係を対等な関係とする事が必要である。その為には、首相の明確な宣言と指示を皮切りに、霞が関に対する力関係上位者、具体的には国会議員がはっきりと地方のステークホルダーとなる仕組みを作り、政党として地方要望を汲み取る一元的窓口機能を拡充し、関係各所への尻叩きを更に推進することが有効である。
 前述したように、地方における人材を充足することが必要である。短期的には、中央官僚の転職先として自治体の特任政治任用を拡充することや、団塊世代を中心にした帰郷の動きに併せて、地方におけるNPO等の連帯的組織を拡充することで、中央の人材について、地方への移動を促す仕組みを導入する。中長期的には、地方における挑戦的な仕事の機会を増やすと共に、大学の広域統合と仮想的一体運営を推進する等、人材育成の仕組みを充実させることが望まれる。
 最後に求められるのは、おねだりを絶つ気概である。かつて福沢諭吉が言った「国を援けて国に頼らず」の精神で、財務的な支援要求に安易に走らず、イノベーティブな施策を実行に移すための規制・制度改革、そして民間資金の導入を基本とした産業振興を行っていくべきである。提起されている総合特区制度の推進や、投資効果のマルチプルにより財務的支援や規制・制度改革に関してプライオリティを付ける公明性の高い仕組みの導入が試みられているが、このことはより注目されてしかるべきである。更には、地域全体に語りかけることで発揮される政治家のリーダーシップの重要性は、改めて述べるまでもないことである。

 これらアーキテクチャーの構成要素を実現するための施策としては、様々に考えることができる。ここからは、効果が高いと思われる施策についての仮説を提起するとともに、その中でも特に重要な人の問題を考えてみたい。
 まず重要なのは、首相の明確な宣言と方針提起である。新たに総合的な仕組みを設計し、大きく地方における成長戦略の推進に入る段階において、改めて、首相によるトップダウンの推進に向けた決意と指示を示す事が、極めて重要である。
 また、国会議員が改めて本来の役割を再確認し、地方の首長や地方議員、都道府県連などの地方組織とも連携しつつ、独自性があり時代に叶う地方の成長戦略の立案、その戦略を具現化する筋の良いプロジェクトの立案・実施を、エクゼクティブ・スポンサーとして推進することが必要である。次に、中央における地方の利益代表として、幹事長室や政策調査会の場に於いて先頭に立って活動するとともに、国会議員の権限や立場をフルに活用し地方と国の日常的なコミュニケーションを促進することにより、中央と地方の連携を促進しつつ、地方における改革を推進する。
 更には、地方自治体への財源・権限移譲をより大胆に進めると共に、有能な人材の受け皿として、幹部自由任用枠を拡大していく事も必要である。また、並行して国会議員の政策秘書、地方議会の首長や議員及び秘書、都道府県連等地方組織の職員なども、人材の受け皿として活用する。受け入れる人材は各年齢層に幅広く考えられるが、特に中央省庁の人材やもうひと働きする意欲のあるシルバー層などが候補として考えられる。
 地方における成長戦略と改革の推進にあたって、現在は内閣府にある地域活性化統合事務局がワンストップ窓口になっている。この組織の地位を高め実効性を上げるため、この組織の地位を地域庁として高めると共に、政府・与党・地方が一体的に改革を進めて行く為に、閣僚を兼務する政務調査会長を地域活性化推進の担当大臣とすることが望まれる。

 このような施策を実行するに際して、様々な留意点が考えられる。まず、事務局等体制の構築に際しては、標準的な方法論の構築や人材の育成なども兼ね、コンサルティング経験者を中心にしたボランティア体制を構築することが現実的ではないか。その中で、シナリオプラニングや論理思考、その他さまざまな新しい戦略的思考のためのツールを展開することが可能になる。更に、全ての政治家が最終的に地方のエキスパートになる必要はないが、このような経験を若手政治家が積んで行く事は、政治家のキャリアパスとしても重要である。地方における横串の経験がベースにあれば、霞が関の視点に依らない省庁の政策に通じた国政のエキスパートになって行く事が出来るので、日本の政治と官僚組織の関係をより建設的なものにすることができる。そして経験豊かな元国会議員、首長経験者、企業OB、官僚OBなど、能力を有するOBを、主に人材教育やプロジェクト・レビューの面で、精力的に活用していくのも効果的である。

 最後に、改めて地方の人材について。筆者は平均年齢40歳半ばのリーダー達に対する3つの塾、ISL(Institute of Strategic Leadership: http://www.isl.gr.jp/)、九州アジア経営塾(KAIL: http://www.kail.jp/)、東大EMP(http://www.emp.u-tokyo.ac.jp/)に、長年深く関与している。その経験から思うのは、素養や能力に本質的な差は感じない半面、九州アジア経営塾の塾生はISLや東大EMPの受講生に比べ、世の中に揉まれていない感じを受ける。擦れていない、素直で正直な人材の比率が高いのである。また、国際的な分野、現代政治、経済、地政学といった知識の面においても、明らかに劣っている。このことは、中央に対する長年の依存で、地方が構造的な思考停止に陥っていることの証左であろう。この提言で述べてきた内容を実現していくためには、このようなぬるま湯の状況から脱却し、まず自らの地域からの成長戦略の実現について、独立する気概を持って進めていくことが望まれる。筆者は機会があれば「九州独立」を説き、地域政党の設立を意図するのは、このような理由による。

 其々の地方において、独立の気概を持って地方から大きな変革を推進する志士たちが、多く現れ、地方発の改革を推進していくことを切に願ってやまない。

<略歴>
1981年東京大学工学部卒業、アクセンチュア入社。92年9月統括パートナー就任。ハイテク、保険・金融、情報サービス産業などの分野において、経営戦略、企業変革コンサルティング、アウトソーシング、ベンチャー投資および戦略的提携等に従事。2003年10月エム・アイ・コンサルティンググループ株式会社を創業、代表取締役として、コンサルティングや事業開発、人材育成に取り組む。また、2005年東京大学総長室アドバイザー就任。現在、東京大学EMP(エクゼクティブ・マネジメント・プログラム)アドバイザーとして、プログラム推進の一翼を担っている。他、ISL(Institute for Strategic Leadership)の経営者ゼミ・ファカルティ、九州アジア経営塾碧樹館プログラム・アドバイザー、立命館大学経営大学院客員教授を務める。
主な著書に、『戦略アウトソージング』、『人材マネジメント革命』、『ハーバード・ポケットブック・シリーズ』(エム・アイ・コンサルティンググループ(株)監修)など。