国庫補助金のもう一つの弊害について

2010年11月24日 09:00 : Trackback (0) : このエントリーを含むはてなブックマーク

榎本好二(相模原市職員)

 国が自治体に対して支出する補助金の評判は、概して良くないことが多いようである。その理由は、補助金がいわゆる「紐付き」で、地方の裁量を制限していること、あるいは、全国一律の基準であるため、地方の独自事情が反映されないことなどがあげられている。

 国は、法律によるほかに、補助金によっても、立案した政策を実現しようとしている。国が立案した政策の多くは、地方が実施するから、その実現を確実にするための何らかの統制手段が必要である。その役割を果たすものの一つが補助金であると考えると、こうした弊害は、補助金とは不可分の側面があるかも知れない。

 しかし、本稿では、補助金について、このような既に多くの指摘を受けている側面ではなく、実施面からみた、もう一つの弊害について着目したい。
 
 それは、補助対象事業の補助金額の算出方法が細かく指定されることによる非効率の発生についてである。

 自治体は、補助金を受け取るために膨大なエネルギーを投入している。そのエネルギー、具体的には職員の労働力や時間は、自治体の自前の負担である。そして、自治体が保有している人的資源は有限であるから、その中の一部を補助金の事務に割り当てれば、他の業務に割り当てられる量は減少する。補助金申請の事務は、ルーチンワークであり、国によって決められた手順に従って、決められた様式の報告を作成する事務である。したがって、そこに割り当てる量は少なければ少ないほどよい。
 
 しかし、実際は、補助金の算定に膨大な手間が生じるルールが指定され、相当の時間と人を必要とする場合がある。また、このルールは、全国一律で細部にわたるため、事務の執行に当たり、地方の工夫による効率化や合理化の余地がない。

 この問題については、具体的な事務をあげて考えることが、問題を理解しやすくすると考える。そこで筆者が関わっている業務のうち、この問題が典型的に現れていると思われる、民間保育所に対する「民間施設給与等改善費」(以下、民改費という。)と呼ばれている制度を例に考えてみたい。

 この制度は、おおざっぱにいえば、民間保育所に対して、職員の経験年数に応じた補助金を支給するものである。補助金により、保育所を運営する民間法人の職員の給与を底上げして、職員が安定して働けるよう労働条件の改善を図り、ひいては保育環境の質の向上につなげようという狙いがある。
 
 具体的には、市町村は民間保育所に補助金を交付すると同時に、国が指定した方法で算定した国庫補助金を国に請求するという仕組みになっている。

 これだけをみると、特に問題はないように思われる。しかし、「職員の経験年数に応じて」という部分が、実務を想定していないのではないかと思われる方法で算定するようになっているのである。

 その方法は、法人の全職員の生涯の経験年数を加算し、その平均を求め、どのくらいの補助金を支給すべきかのランク付けがされるというものである。そして、保育所ごとの平均経験年数を求めるために、転職なども含め個人が就職して以来のすべての職歴を加算する仕組みなのである。さらに、この加算すべき職歴が、単に就職して以来の勤労年数ではなく、国が指定する種類の施設に、一定の労働条件を満たす状態で勤務していた年数を加算することになっている。

 わかりにくいので、例を挙げると、保育所以外の施設でも、特別養護老人ホームや障害者支援施設などでの勤労年数は加算する。逆に、保育所であっても、「認可保育所」という国の基準を満たした保育所でなければ加算の対象とはならない。さらに、その施設で正職員だったか、パートだったか、また、パートでもどのような勤務実績だったかによって、加算するか否かが変わってくる。その確認には、本人の提出する履歴書のみでは不十分で、勤務していた施設の発行する証明書の添付など客観的な証明が求められている。

 このような事務を正確に執行しようとすると、ある人の生涯の職歴を詳細に調べることが必要となる。そして、上記に掲げた細々した内容を、民間保育所が前歴も含めて正確に提出できるケースは、むしろ、まれである。その結果、不明事項の調査、不足している必要書類の督促、さらには履歴書に掲載された前職の施設の連絡先を調べ、そこに必要事項を確認をするといった事務が発生する。

 保育所は、比較的、転退職の多い職場であり、また、女性職員が多いという特性から、結婚によって姓が変わるといった事情も、これらの調査をより手間のかかるものにしている。

 この民改費のための調査事務は、自治体の規模にもよるが、毎年数ヶ月程度を必要とするものになっている。

 そのため、算定が終わるのを待っていると、民間保育所に対する補助金の支給時期を逸してしまう。したがって、仮に前年度の算定によって支払いを行うことが一般的に行われている。そして、当年度の算定の結果が、前年度と異なっていれば、さらに差額精算が発生するという、二次的な事務増加も生じている。

 この制度のそもそもの目的は、民間施設の職員給与の改善にある。経験年数が長ければ、給与もその分高くなるべきであり、補助金額も高くなるということも合理的である。しかし、支給される補助金の規模や内容に比べ、あまりにもコストのかかる経験年数の算出方法が指定されている。しかも、このように詳細に調査した経験年数は、最終的に4つのランクに分類される。最終的なランクが、4つしかないならば、これほど詳細な調査をする意義が本当にあるのだろうかと考えざるを得ない。

 そして、この方法について、自治体が改善したり、工夫する余地は全くない。国は、自らが支払う補助金の計算方法のルールを定めているだけで、地方の業務内容に対して口を挟んでいるわけでもない。しかし、「補助金額を適正に算出する」ために、国が指定したとおりの事務が全国で行われ、そのために膨大な時間、人件費が費やされている。

 このような実態を見ると、自治体は政策内容についての裁量だけではなく、実施方法の裁量も奪われているといえる。そして、そのことが、膨大なコストを生みだしていても、改善はおろか、検討の対象にもできないのである。

 補助金の事務は、ある施策について、どのくらいの事業量を実施したのか、どのくらいの効果があったのか、あるいはどのくらいの補助を必要としているのかを、一定のルールに従って数値化して表現することである。

 一般的に、ある基準で求めた一つの数値が、ある事業を完全に代表しているということは、考えられない。だから、補助金の事務も、一種の代表指標を決めて、それを元に補助金額を決めていると考えることができる。この指標をなるべく精緻なものにしようとすること自体は、自然な考え方であるといえる。

 しかし、この精度を上げようとするあまり、あまりに多い人件費や時間を必要とすることになっては本末転倒である。

 だから、そうしたことが起きないよう、補助の規模や性質を考慮して、なるべく負担の少ない指標を考慮、選択する必要がある。

 地方財政の厳しさは、既に多く指摘されているところである。この厳しい財政事情の中で、削ることのできる経費はできるだけ削減したいというのは、当然である。前述のように、国の補助金に関する事務は、これを妨げている側面があることは否めない。

 そうだとすれば、この弊害をできるだけ除去することは、いま実行可能な財政支出削減策の一つではないだろうか。


―略歴―
東京都立大学経済学部経済学科修了。民間企業勤務を経て、相模原市役所に入庁。現在、こども育成部保育課勤務。